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気を失ったルイズは、手近な部屋のベッドへと運び込まれた。 ニューカッスル城の水のメイジは、極度の緊張から解放されたストレスで気を失ったのだと診断した。 ウエールズの計らいで、ワルドもまた、消費しきった魔力を回復するためにルイズの傍らで体を休めていた。 ルイズは、すぐ側の椅子にワルドが座っているのを感じていた。 起きあがり声をかけようとしたが、体も動かず、声も出ない。 なんとか体を動かそうとするルイズに、誰かの声が聞こえてきた。 『………ズ』 『…ルイズ…』 しばらくその声に耳を傾けていると、少しずつハッキリと聞こえてくるようになった。 「だれ? 私を呼んでるのは」 『やれやれ、やっと気づいたか』 暗い意識の中で、ルイズの目の前には、不思議な出で立ちの男が立っていた。 五芒星の装飾をあしらった黒い服に身を包み、マントと見まがうような長いコートを着ている。 少なくともトリスティンでは見たこともない服装だったが、ルイズはその男が誰なのか知っていた。 「あんた、オークに殴られた時に助けてくれた…ええと…なんだっけ」 『空条承太郎だ』 「クゥジョー、ジョォタロー? 変な名前ね…ねえ、貴方、もしかしてあの変な円盤から出てきたの?」 ルイズが使い魔召喚の日に見つけた、銀色の円盤を思い浮かべる。 そのイメージが伝わったのか、承太郎は無言で頷いた。 「ふーん…何よ、やっぱり私、サモン・サーヴァントに成功してたんじゃない」 『やれやれ、いろんなスタンド使いと戦ったが…使い魔として呼び出されるなんてのは初めてだ』 「そりゃそうでしょうね、貴方の記憶が夢に出てきたもの、あなたの世界ってこっちとはずいぶん違…」 そこまで言ってルイズは思い出した、目の前の男は、承太郎は、時間の加速した世界の中で、仲間がバラバラにされていくのを見ていたのだ。 その中にはもちろん実の娘もいた、杉本鈴美が自分以外の幽霊の姿を見たように、彼もまた幽霊の視点で娘の死を見ていたのだろう。 『…気にするな、徐倫は、やるべきことをしたんだ』 「ごめんなさい…でも、あの時死んだ貴方がなぜDISCになって現れたの?」 『さあな、それは俺にも分からん、だが、今俺は使い魔として召喚され、お前の意識に同居している、それだけが事実だ』 ルイズは意識の中で、腰に手を当て、胸を張った。 「使い魔としての自覚はあるのね、ちょっと複雑だけど…でも、いいわ。それと私のことはルイズでいいわよ。どうせ他の人には聞こえないもの」 『わかった』 「で、突然私の前に現れたのはなぜ?ウエールズ王太子殿下に手紙を渡さないといけないのよ」 『その事だが、一つだけ言っておきたいことがある』 「何?」 『ワルド…奴には気をつけろ』 「えっ…」 そこでルイズの意識は光に包まれた。 ガバッ、と体を起こすと、そこはベッドの上だった。 近くにいたワルドがルイズを心配して駆け寄る。 「ルイズ!目が覚めたか、大丈夫か?」 「あ、ワルド…うん、大丈夫よ、ちょっと疲れたみたい、ごめんなさい」 「それならいいんだ、僕の花嫁に何かあったら、僕は気が気じゃないからね」 今まで何かの夢を見ていた、それだけは覚えている、しかもワルドに関わる夢を見ていたはずだ。 しかし、その夢の内容が思い出せない。 ルイズはベッドから降りると、ウェールズ王太子に面会するため、ワルドと共に部屋を出て行った。 ウェールズの部屋は王子の部屋とは思えない程粗末で、質素な部屋だった。 ルイズはウェールズから手紙を受け取る、確かにアンリエッタの花押が押されている。 「ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を懐にしまった。 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港する。それに乗ってトリステインに帰りなさい」 ウェールズは実に爽やかに言ってのける。 しかしその言葉は、自分はそれに乗らないというニュアンスが含まれていた。 「あの、殿下…王軍に勝ち目はないのですか?」 ルイズは一瞬だけ躊躇したが、ウェールズの目を見据えて言った、それに答えるかのように、ウェールズも凛々しいまなざしをルイズに向けて答えた。 「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」 ルイズは俯いた。 「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」 ガタン、と扉から音が鳴った。 それに気づいたウェールズは杖を振って扉を開く、すると扉の向こうには、ルイズ達を迎えたメイドが立っていた。 「きみは…」 そのメイドは、恭しく頭を垂れると、ウェールズの部屋へと入り、扉を閉めた。 「殿下、お使者の方々、失礼をお許し下さい。恐れながら申し上げたいことがございます」 「…申してみよ」 「どうかトリスティンに亡命なされませ、私どもはアルビオンの意志と血を絶やさぬために戦うのです、どうか、王太子殿下だけでも生き延びて…」 「それは、できない」 ウェールズがきっぱりと言い放つ。 「君は非戦闘員だ、女子供を無惨に殺されるわけにはいかぬ、私は名誉のために死を選ぶのではない、意志を伝えるために戦うのだ、戦わなければ、意志は受け継がれないのだよ」 「ですが…!」 「トリスティンからの使者の前だ、これ以上の無礼は私が許さん、下がりなさい」 ウェールズの固い決心を聞いてもなお、納得いかないといった表情だったが、メイドは一礼するとウェールズの部屋から退室した。 「ふぅ…メイドが失礼をした、あのように私を慕ってくれる者もいるのだ、だからこそ私は戦わなければならないのだよ」 ルイズはウェールズの言葉を黙って聞いていたが、意を決して話し出した。 「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは…」 ごくり、と喉が鳴る。 「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……。それに、手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」 ウェールズは微笑んだ。ルイズが言いたいことを察したのである。 「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」 ルイズが頷くと、ウェールズは悩んだ仕草をしたあと、口を開いた。 「その通り。きみが想像しているとおり、これは恋文さ、彼女は始祖ブリミルの名おいて、永久の愛を私に誓ったんだ」 ルイズは「ああ」と心の中でため息を漏らした。 始祖に誓う愛は、つまり婚姻の際の誓い。アンリエッタが既にウェールズと愛を誓っていると知られれば、ゲルマニアの皇帝との結婚は重婚となる。 重婚の罪を犯したと知られれば、ゲルマニアの皇帝は、姫との婚約は取り消し、同盟の約束も反故にしてしまうだろう。 「殿下…姫様の手紙には、殿下に亡命を求める内容など一言も書かれてはいなかったと思います。 それが、それが姫様の、姫様の『覚悟』でございます、ですが、私は…私は殿下に亡命を、トリスティンへの亡命を進言致します!」 ワルドがルイズの肩を押さえる、落ち着けと言いたいのだろうが、ルイズの興奮は収まらない。 「それはできんよ」 ウェールズは笑いながら言った。 「殿下、これはわたくしだけの願いではございません!姫さまの願いでございます!姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません!姫様の覚悟を、どうか!」 ウェールズは首を振った。 「…君は、本当にアンリエッタのことを知っているのだね、幼い頃の遊び相手の話を、アンリエッタはよく話してくれたよ、君がそうなのだろう?」 「殿下!」 ルイズはウェールズに詰め寄った。 「私は王族だ。そしてアンリエッタを愛する一人の男でもある、だからこそアンリエッタの覚悟を汲まねばならぬ。アンリエッタはこの手紙を覚悟して書いたのだろう、『この手紙に書かれていることが真実である』と『覚悟』して書いたのだろう。だからこそ、姫と、私の名誉に誓って、私はここで戦い、そしてアルビオンの意志を貴族派の者達に、世界の者達に見せなければならぬ」 ウェールズは苦しそうに言った。 王女であるアンリエッタが、どれだけの苦しみを覚悟して、残酷な手紙を書いたのか、ウェールズには痛いほど理解できたのだ。 ウェールズがルイズの肩を叩く。 「きみは、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、純粋な、いい目をしている」 ルイズは、寂しそうに俯いた。 「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」 ウェールズの微笑みは、爽やかな、魅力的な笑みだった。 「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他にないのだから」 そう言うとウェールズは時計を見る、決戦前夜のパーティーの時間が近づいていた。 ウェールズは、ルイズとワルドにパーティへの出席を促すと、部屋を出て行った。 パーティは城のホールで行われた。 簡易の玉座が置かれ、そこにはアルビオンの王が腰掛けて、集まった貴族や臣下を見守っていた。 とても、明日には滅びる者達のパーティとは思えない、華やかなパーティーだった。 最後の晩餐に参加したトリステイン客、ルイズとワルドの二人は、城に残った王党派の貴族達に最高のものを振る舞われた。 明日死ぬかもしれない、そんな悲観に暮れた言葉など一切漏らさず、二人に明るく料理を、酒を勧め、冗談を言ってきた。 ルイズは歓迎が一段落つくのを見計らって、ホールを離れた。 城のバルコニーへと出て月夜を眺めようとしたのだ。 しかし、そこには先客が居た。 先ほどウェールズに進言しようとしたメイドが、ウェールズに何かを訴えていたのだ。 「殿下…怖くは、ないのですか?」 「怖い?」 ウェールズはきょとんとした顔をして、メイドを見つめた、そしてはっはっはと笑った。 「怖いさ!だがね、私を案じてくれる者がいるからこそ、私は笑っていられるのだよ」 「そんな…私だったら、私だったら、怖くてとても、殿下のように笑えません、そんな風に笑えるなんて、私には」 「いいかね? 死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。王族も、貴族も、平民も、それは同じだろう」 「では」 「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ」 「何を守るのですか?私は、モット伯に引き取られたとき、モット伯の衛士の方から、どんなにふがいなくとも生きろと教えられました、生き残る屈辱に耐えて、伝えるべき『魂』を伝えろと、そう教わったのです」 メイドは語気を強めて言ったが、ウェールズは笑顔を崩さない、そして、言い聞かせるように優しく語り始めた。 「優しいのだな、君は、だからこそ私は君たちに生きて欲しい、語り継ぐのは君たちの役目だ、私が戦わなければ、アルビオンの貴族が勇敢に戦ったと言えなくなるのだよ」 「でも…もう、すでに勝ち目はないですのに…」 「我らは勝てずともいい、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。君は将来、誰かと恋に落ち、そして子を育てるだろう、私はその子らの為に戦いに行くのだ、無碍に民草の血を流させぬためにも、少数でも団結した者達が如何に難敵であるかを見せつけねばならんのだよ。」 「そんな…」 「これは我らの義務なのだ。王家に生まれたものの義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだよ、君は違う、生き延びなさい」 そう言ってウェールズはバルコニーを離れた、廊下で立ち聞きしていたルイズを見つけ、ウェールズはルイズに微笑んだ。 「おやおや、聞こえてしまったが。…今言ったことは、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、彼女の美貌を害してしまう。彼女は可憐な花のようだ。きみもそう思うだろう?」 ルイズは頷いた。それを見たウェールズは、目をつむって言った。 「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」 それだけ言うと、ウェールズは再びパーティーの中心に入っていった。 翌日、非戦闘員が秘密港から避難している頃。 始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。 周りには誰もいない、戦の準備で忙しいのだ。 ウェールズも、すぐに式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりだ。 礼拝堂の扉が開き、ルイズとワルドが現れる。 ルイズは礼拝堂と、ウェールズの姿を見て呆然としたが、ワルドに促されて、ウェールズの前に歩み寄った。 ルイズは戸惑っていた、朝早くワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのだだ。 戸惑いはしたが、深く考えずに、半分眠ったような頭でここまでやってきた。 死を覚悟した王子たちの様子、そして、前日に聞いたメイドとウェールズの会話が、ルイズの頭を混乱させていた。 ワルドは、そんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭にのせた。 新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。 そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせた。 新婦しか身につけることを許されぬ、乙女のマントが、ルイズの背中を包んだ。 しかし、そのようにワルドの手によって着飾られたルイズは戸惑っていた。 確かにワルドはあこがれの人だ、その人から結婚を申し込まれて嬉しくないはずはない。 しかし、何かが引っかかる、ワルドの変わらぬ笑顔が、なぜかとても冷たいものに見えた。 ワルドは戸惑い恥ずかしがるルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。 ウェールズの前で、ルイズとワルドは並び、一礼する。 「では、式を始める」 王子の声が、ルイズの耳に届く。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って領き、今度はルイズに視線を移した。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげる。 相手は憧れていた頼もしいワルド、自分の父とワルドの父が交わした、結婚の約束が、今まさに成就しようとしている。 ワルドのことは嫌いではない、しかし… 「新婦?」 ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ、緊張するものだからね」 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」 そしてルイズは思い出す。 スタープラチナが視た映像を。 桟橋で、ルイズの前に現れた、仮面の男。 その男の背丈は、ワルドと完全に一致する。 顔に被った仮面も、ワルドの変わらぬ笑顔を象徴するかの如くだった。 そして何よりも、ワルドは風のスクエアであるという事実。 風の魔法には、偏在の魔法という、分身を作り出す魔法がある。 偏在とは、空気が『色』と『形』を持ち、見た目こそ魔法を詠唱したメイジと変わらぬ姿を出現させるが、その中身は言わば『雲』だ。 ルイズの傍らに立つ使い魔、スタープラチナの腕が、承太郎の心臓を止めた時のように、ワルドの身体に入り込んでいた。 ワルドの身体の中には、内蔵の感触が無かった。 「新婦?」 「ルイズ?」 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。 ルイズはワルドに向き直り、悲しい表情を浮かべて首を横に振った。 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」 「違うの…」 「日が悪いなら、改めて……」 「そうじゃない、そうじゃないの。ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」 いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。私は…分身と結婚しようとは思いません」 ウェールズは困ったように首をかしげたが、『分身』の意味するところに気づき、真剣な表情でワルドを見た。 ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。 「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」 「さわらないで!」 ルイズがワルドの手をはねのける、するとワルドはルイズの肩を掴む。 ワルドの目はつりあがり、既に笑顔はない、まるでトカゲか何かを思わせる表情に変わった。 「ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!」 ルイズはワルドの手から逃れようと後ろに飛ぶ、そしてウエールズがワルドとルイズの間に割って入り、ワルドを制止した。 「なんたる無礼!なんたる侮辱だ! 子爵よ、風が教えてくれている、本体は扉の外に隠れているな!」 そう言ってウェールズはウインド・カッターを唱え、ワルドの身体を切り裂く、するとワルドの身体は霧のように霧散して消えた。 それと同時に、礼拝堂の扉が開かれた、そこにはワルドと、城の衛士の死体が転がっていた。 ワルドの表情は怒りでもなく、笑顔でもない。しかし無表情でもない、言うなれば冷たい表情で、じっとルイズを見つめていた。 「君はなんたる無礼な振る舞いをしたのだ!我が魔法の刃は、きみ決して許しはせぬぞ!」 ウェールズの言葉を意に介さず、ワルドは礼拝壇に向けて歩き出した。 「この旅で、きみの気持ちをつかむために、随分努力したんだが……」 「よく言うわ」 「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦よう」 ワルドは唇の端をつりあげると、禍々しい笑みを浮かべた。 「この旅における僕の目的は三つだ、その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」 そう言いながらワルドは、ウェールズを指さした。 「まず一つはきみだ。ルイズ。きみを手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 ルイズは黙っていた、ウェールズもワルドを警戒しながら杖を向ける。 「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」 ルイズも杖を抜き、魔法の詠唱を始める。 「そして三つ目……」 ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズが呪文を詠唱した。 しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、一瞬で呪文の詠唱を完成させた。 礼拝堂の入り口から、目にも止まらぬ速度でウェールズへと接近したワルド。 ウェールズの胸を、魔法をまとった杖で貫こうとした、そのとき、ルイズの身体が何かを『超えた』 『最初は幻覚だと思った、 訓練された戦士は、相手の動きが超スローモーションで見え、 死を直感した人間は、一瞬が何秒にも何分にも感じられるあれだと思った。 だけど、私は、 その静止している空間を、二歩、三歩と駆けて、ウェールズ殿下の身代わりになることができた、 幻覚では、なかったんだ…』 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-22]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-24]]}
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ルイズはベッドの中で夢を見ていた。 トリステイン魔法学院から馬で三日ほどの距離、生まれ故郷での夢だった。 幼い頃のいルイズは屋敷の中庭を逃げ周り、植え込みの陰に隠れて、追っ手をやり過ごす。 ルイズは出来のいい姉たちと比較されては、物覚えが悪いと叱られていたのだ。 「まったく、ルイズお嬢様にも困ったものだねえ」 「上の二人はあんなに素晴らしいメイジなのに……」 幼い頃のルイズは、いつもこうやって屈辱を受けていた。 召使いたちですら、自分が聞いていないと思って、こんな事を言う。 魔法が使えないのは事実だが、召使いにまで馬鹿にされるのが悔しくて仕方がなかった。 ルイズは植え込みの中を移動し、あまり人の寄りつかない中庭に移動した。 中庭には池があり、そこには小舟が浮かんでいる。ルイズは小舟に乗り込んで池の真ん中まで移動した。 叱られたルイズはいつもここに逃げ込む。そして、誰かがルイズの元を訪れるのだ。 「泣いているのかい? ルイズ」 「子爵さま…」 幼いルイズは慌てて顔を上げたが、すぐに顔を隠した。ルイズの元にやってきたのは、憧れの人なのだ。 泣き顔を見られてしまうのはいくら何でも恥ずかしい。 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ」 憧れの人は、幼いルイズを抱き上げようとする。が、突然憧れの人との距離が離れた。 「子爵さま!」 驚いて声を上げるルイズ。 夢の中でルイズは、他の誰かに抱き上げられてしまったのだ。 夢の中で子爵は、ルイズが誰かに抱き上げられているのに、何も言わない。 笑顔一つ崩れることがなかった。ルイズはその表情に、一抹の不安を覚えた。 ルイズが自分を抱きかかえている人は誰なのか見上げる ルイズを抱き上げているのは、どこかで見たことのある銀色… いや、白金に輝く筋骨隆々とした男だった。 ルイズを抱き上げた彼は、まるで、迫り来る敵を警戒するかのように、ルイズの憧れの人を見ていた。 さて、ルイズが不可解な夢から目覚めて、欠伸をしている頃、オールド・オスマンの秘書であるミス・ロングビルは、宝物庫の状態を調査していた。 宝物庫は、壁も扉もスクウェアメイジによる『固定化』の魔法がかけられており、トライアングルクラスのメイジではまったく歯が立たない。 それどころか、中にあるもう一枚の扉は、スクウェアメイジでも一人では破ることも出来ないだろう。 この宝物庫は国家の宝物もいくつか預かっているため、最重要の宝物が収納された奥の扉は、スクウェアメイジが複数人…おそらく五人以上で固定化の魔法を掛けられている。 教師のコルベールは、物理的な力を使えば破壊することも不可能ではないと言っていたが、『土くれのフーケ』が作り出すゴーレムが力づくで殴っても、破ることが不可能なのは明らかだった。 ふう、とため息をついたロングビルは、宝物庫の扉を小突く。 この中には、国中の貴族が驚くようなお宝が沢山眠っている。 それを盗み出すことが出来れば、国中の貴族はおろか王族にも一泡吹かせられるだろう。 オールド・オスマンの秘書にしては、危険すぎる思考を巡らせるロングビル。 「おい」 そこに、突然声を掛けられた。 驚いて振り向くと、そこには黒マントをまとった長身の人物が立っていた。 薄暗い宝物庫の中で、白い仮面に覆われて顔の見えぬ男に、突然声を掛けられたのだから驚く。 その上マントの中から、メイジの証である魔法の杖が突き出ているのが見えた。 「だ、誰かしら?仮面を被ったお客さんなんて、珍しいですわね」 仮面を被った男、声の調子からして男だろう。そいつはわざとらしくサイレントの魔法を唱えると、こう言った。 「『土くれ』だな?」 「………」 警戒するロングビルに、その男は両手を開き、敵意がないことを示した。 「話をしにきた」 「は、話? 何の用でしょうか。私はただの秘書ですわ」 「マチルダ・オブ・サウスゴータ」 ロングビルの顔が真っ青になる。焦りを顔に出してはいけない。そう言い聞かせたが、体が言うことを聞かない。 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。 しばらくの静寂の後、男は小声で 「再びアルビオンに仕える気はないかね?」 と言った。 ルイズは、怖いと評判の教師、ミスタ・ギトーの授業を受けていた。 シュヴルーズ先生やコルベール先生が教室に入ってきても、すぐには静かにならない。 しかしこの先生は別だ。オスマン氏にも『君は怒りっぽくていかん』と言われる程である。 疾風のギトーという二つ名を持つその教師は、長い黒髪と黒いマントを特徴とする。 ハッキリ言って不気味だ。 「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」 このように、いちいち引っかかる言い方をする。 生徒からの人気がないのも仕方がない。特にキュルケはこの教師を嫌っていた。 「火に決まってますわ。すべてを燃やしつくせるのは、炎と情熱…」 キュルケの言葉を遮るかのように、ギトーは杖を抜いて言い放つ。 「残念ながらそうではない。この私にきみの得意な魔法をぶつけてきたまえ」 ギトーはキュルケを挑発するように言う。そこまでされて黙っていられるキュルケではない。全力でぶつけるのつもりでキュルケは呪文を詠唱する。 掌の上に現れた小さな炎が、直径一メイル(m)ほどの大きさになるのに時間はかからなかった。 それを見た生徒達は慌てて机の下に批難し、それを合図にしてキュルケは魔法を放った。 しかしギトーは剣を振るかのように杖を振り、風邪の魔法を放ち炎の玉を霧散させ、キュルケをも吹き飛ばした。 「諸君、風が最強たる理由を教えよう。風は偏在し、すべてを薙ぎ払う。試したことはないが、『虚無』の魔法でも吹き飛ばすことが可能だろう。それが風の魔法だ」 生徒達は机の下から出て、席に座り直す。キュルケも立ち上がり、不満そうにしながらも席に着いた。 「でも、ゼロのルイズなら…」 少々太り気味の生徒、風上のマルコリヌが、ぼそっと呟いた。 それを聞いたギトーは眉をひそめる。 マルコリヌはギョっとしたが、ギトーは眉をひそめたままルイズを見たので、マルコリヌはほっと胸をなで下ろした。 しかし、ルイズの方を見ると、ルイズは明らかな殺意を持った目でマルコリヌを見ていた。 その目つきに驚いたマルコリヌは、ルイズからの『爆破予告』を受けた気がして、失神した。 ギトーの視線がルイズから外れ、教室の扉に向けられると、ギトーは軽く杖を振った。 開かれた扉の向こうで、オールド・オスマンの秘書である、ミス・ロングビルが少し驚いたような表情で立っていた。 ロングビルが「失礼します」と言いながら教室に入ろうとすると、ギトーが「授業中です」と言って咎めた。 「学院長からの伝言をお伝えします。ミス・ヴァリエール、この間の件について、至急事情を聞きたいとの事です。 至急学院長室に来てくださるようお願いします」 「は、はい」 ルイズは内心で、助かったと思いつつ、急いで教室を離れるのだった。 「失礼します」 「おお、ミス・ヴァリエール、待っておったぞ。早速じゃが…」 オールド・オスマンは、ルイズが学院長室に入り扉を閉めると、すぐに扉の鍵を閉める呪文を唱え、次に部屋の音を外に漏らさない呪文、最後にルイズの体にマジックアイテムが仕掛けられていないか探知する呪文を唱えた。 その真剣さにルイズは驚き、硬直していたが、すぐに気を取り直して姿勢を正した。 「ミス・ヴァリエール、まずは謝らせてもらう。事情を聞くというのは嘘じゃ」 ルイズは黙ってそれを聞いた。 「火急の用、それも密命じゃ。今すぐに厨房脇の倉庫から馬車に乗り込んでもらう。食材を調達する馬車なので窮屈じゃが我慢してくれ。馬車には使用人の服が準備されておるので移動中に着替えて、その後は指示を待つんじゃ」 ルイズは驚いた。平民に変装して移動するなんて、まるで命を狙われた没落貴族だ。 しかし、更に驚いたのは、オールド・オスマンの机の上にある一枚の書状だった。 「アンリエッタ姫殿下直々の花押じゃ。この密命は確かに伝えたぞい」 オールド・オスマンは、火の呪文を唱え、そのばで書状を燃やした。 書状を燃やすという行為は、恐るべき不敬であるが、オスマン氏の真剣な表情が『なりふり構わない状態』であることを告げていた。 ルイズはオスマン氏に一礼すると、学院長室を出て、急いで厨房に向かった。 オスマン氏は、学院の生徒が王宮の都合で使われることが好きではない。ふぅ、とため息をつくと立ち上がり、神妙な面持ちで窓の外を見上げた。 ガタガタ、ガタガタと、揺れる馬車の中。 馬車は幌が被さり外から見ることは出来ない。 トリスティン魔法学院の所属であることを示す紋章すら、この馬車には一つも描かれていなかった。 馬車の外で手綱を握っているのは、料理長のマルトーで、中にはルイズとシエスタが乗っていた。 シエスタはルイズの着替えを手伝っていた。マルトーの耳にはルイズとシエスタが楽しそうに着替える声が聞こえてくる。 マルトーはそれを訝しく思っていたが、ルイズの着替が終わりシエスタと手綱を交換すると、いつもシエスタが話す『一風変わった貴族』ルイズのいる馬車の中に入っていった。 ルイズはシエスタが手綱を扱えることに驚いていた。馬に乗るのならまだしも、二頭の馬を操って馬車を引く経験もあるとは思わなかったからだ。 「シエスタって、何でも出来るのかな」 そう呟くルイズに、マルトーが言った。 「貴族様は魔法をお使いになるじゃありませんか」 マルトーは貴族に対してあまり良い印象を持っていない。それどころか毛嫌いしている節もあった。 しかし、シエスタから話を聞いている『ルイズ』の存在は、マルトーにとっても気になる存在だったのだ。 万能の魔法を使い、平民を動物と同列に扱うのが貴族だと思っていたマルトーは、メイジとは思えないルイズの発言に驚いたのだ。 マルトーはルイズのあだ名を思い出し、あっ、と小さな声を上げた。 『ゼロのルイズ』に対して、今の発言は喧嘩を売っているようなモノだ。 マルトーは貴族嫌いではあるが、正面から喧嘩を売るようなマネをして殺されるのは、いくら何でも遠慮しておきたかった。 だが、ルイズの言葉は、自分を責めるモノではなかった。それがマルトーを更に驚かせる。 「塩を錬金できるメイジは沢山居るわ。でも、美味しい食事は錬金できないもの」 この言葉はカトレアからの受け売りだった。 体が弱く、外に出られなかったカトレアに、母親は旅先で作らせたドレスや調度品を土産として渡し、寂しさを紛らわせようとしていた。 しかし、ある日ルイズにこんな事を言ったのだ。 錬金によって、精巧な黄金のオブジェを作り出すメイジもこの世には存在する。 しかし、黄金を加工して糸を作り、見事なカーテンやドレスを縫える職人技は、その微細さ故にスクウェアクラスのメイジでもなかなか再現できない。 どんなに魔法が優れていても、私は外でルイズのように遊ぶことができない。 本当に魔法は、メイジは、貴族は優れているのだろうか…と。 馬車を走らせるシエスタの後ろ姿を見て、カトレアが一番欲しいはずの『健康』を備えたその姿が、とてもまぶしく感じれた。 マルトーは、驚き、感動し、少し疑った。 ルイズの言葉が、いつも自分が言っている言葉に似ていたからだ。 『料理は食材を美味しくする魔法なんだ』 マルトーはそう言って、自分の料理を自慢していた。 しかし、貴族に心を許せないのは事実。シエスタがルイズに利用されるのではないかと危惧していたのも事実だ。 マルトーは、目の前にいる貴族、『ルイズ』を信用して良いのか、判断できなかった。 馬車が予定の場所に到着すると、そこには王宮の雑務その他をこなすメイド達が使う、小さな馬車が待っていた。 その馬車の手綱を引くメイドは、ルイズにこちらに乗り換えるように告げた。 シエスタに「ありがと」と小声で礼を言って、馬車を乗り換えたルイズ。 馬車の中で彼女を待っていたのは、懐かしい人の抱擁だった。 「久しぶりだ、ルイズ! 僕のルイズ!」 「…ワ、ワルド様…ワルド様!?」 憧れの人に抱きかかえられたルイズは、夢のような再開の喜びに酔いしれていた。 今朝見た夢を忘れてしまうほどに。
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ルイズはベッドの中で、今日の授業を思い返していた。 小石を材料に練金するというもので、一般のメイジならほぼ100%成功する程の簡単なものだ。 しかしルイズにはそれすら難しい。 いつものように魔法を使い、いつものように失敗し、いつものように爆発した。 爆発の後に聞こえた、ミセス・シュヴルーズの悲鳴が耳に残っている。 ルイズははじめ『爆発に驚いて悲鳴を上げたのだろう』と考えたが、机の下から顔をのぞかせた生徒達まで悲鳴を上げ始めたのを見て、おかしいなと思った。 ふと自分の杖を見てみると、杖を持った右手が酷く焼けただれているのが見えた。 その手で自分の顔を触ると、ぺちゃりと水の感触がした、顔も同じような惨状なのだろう。 しかしルイズは慌てない、今の自分なら、この程度の火傷はすぐにでも再生できる… と思ったが、人前で皮膚を再生させたら吸血鬼だとバレてしまう。 このまま何食わぬ顔で立っていたら怪しまれる、そう考えて、ルイズは気絶するフリを選んだ。 気絶した(フリ)のルイズを真っ先に抱き起こしたのはキュルケだった。 キュルケに続いてタバサが火傷を冷やし、モンモランシーが治癒の魔法をかけてくれた。 レビテーションで私を浮かせ、部屋まで連れて行ってくれたのはギーシュ。 どこからともなく包帯や薬草を持って駆けつけてくれたのは、マリコルヌ。 そして他の生徒達も、交代で治癒の魔法をかけてくれた。 不思議なきもちだった。 『ゼロのルイズ』と言って、ルイズをからかう連中ほど、怪我をしたルイズを心配して治癒の魔法までかけてくれたのだ。 ルイズは『気絶したフリも悪くないな』と思った。 ただ、教室の後ろから「自業自得だぜ」とか「散々爆発に巻き込んでくれたんだ、いい気味だよ」という声も聞こえてきのだが、そいつらには後でお仕置きをしてやろうと心に決めた。 それにしても…と、ルイズはベッドから降りて窓に近づき、月を見上げた。 吸血鬼になってしまったというのに、何の焦りも感じない、むしろ『私は吸血鬼になるのが運命だったのだ』と思わせるほど、ごく自然にこの現実を受け入れていた。 それに、吸血鬼は太陽の光に弱いと言われるが、太陽の光を浴びても、特に何も感じなかった。 太陽の光を浴びても平気な吸血鬼など聞いたこともないが、実に幸運だ。 今日の授業で起こったアクシデントも、考えてみれば幸運かもしれない。 今までは、自分の起こした爆発で自分が怪我することなど無かったが、今回は一時的にとはいえ酷い火傷を負ってしまった。 魔法が失敗して爆発するなど、古今東西の話で聞いたことはない…ということは、自分の弱点を自分だけが持っていると分かったのだ。 なんて都合の良いことだろうと、ルイズは笑みを浮かべた、 気分を良くしたルイズは、大きめのローブを身に纏うと、地面に耳を当てて物音を聞いた。 足音は皆無だが、サイレントの魔法を使われている可能性があるので、皆が寝静まったからと言って油断は出来ない。 再生した顔を見られたら、いくら何でも怪しまれるだろう。 ルイズは髪の毛をセンサーのように働かせて、空気の流れを読みつつ、廊下を歩いていった。 さて、なにを食べようか。 寮塔を出たルイズは花壇の側で空を見上げた、くんくんと鼻をふくつかせ臭いを捕らえる…すると、使用人達の宿舎から、新鮮な排泄物の臭いを感じた。 普通の人間には分からない程微量な臭いだが、吸血鬼の五感なら十分に感じることが出来る。 その臭いが若い女性の臭いだと気づき、ルイズは口を半開きにして、臭いのする方へと歩いていった。 「こんばんは」 「!?」 トイレから出てきた使用人の少女は、突然声をかけられただけでなく、その声の主が包帯まみれなのを見て驚いた。 よく見るとピンク色の髪の毛にマントを羽織っている、声の主がメイジだと気付き、飛び上がるほど驚いた。 それこそお漏らししかねない勢いだったが、残量がゼロだったのが幸いした。 「ねえ…ちょっと、包帯を分けて貰えないかしら」 顔をフードと包帯で隠したルイズ、ハッキリ言ってかなり怪しい。 「ほ、包帯、ですか?」 少女が震えた声で聞く。 「ええ、ちょっと顔を火傷しちゃって…」 そこで少女は、今日貴族の一人が魔法を失敗して、顔に大やけどを負ったという話を思い出した。 「わ、わかりました、すぐお持ちします」 そう言って、使用人の少女は廊下の奥へと歩いていった。 ルイズはその後を追いながら、使用人の少女が右足を引きずっているのに気づいたが、なにも言わなかった。 使用人の部屋はルイズの部屋と同じぐらいの広さだったが、ベッドは五個並んでいる。 共同部屋らしいいが、荷物は一人分しか置かれていない。 おそらくこの少女は数にあぶれて、この部屋に一人で寝泊まりしているのだろう。 「こちらの包帯でお気に召すでしょうか」 「ちゃんと洗ってあるんでしょう?綺麗なら文句は言わないわ」 少女は包帯を巻くのを手伝おうとしたが、ルイズは困ってしまった。 なにせ怪我はもう治っているのだ、怪我を装うために包帯を借りるのだから、顔を見られるのは困る。 「一人で出来るからいいわ」 と言って、フードを被ったまま、器用に包帯を巻きつけた。 「そういえば、名前を言ってなかったわね、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、貴方に何かお礼をしたいわ」 ルイズがフルネームを名乗ったので、その少女は驚いて跪いた。 「平民などに名乗り頂けるなど、も、勿体ないです、あの、私は、この学院で厨房付きのメイドをしている、シエスタと申します」 「そう、シエスタって言うの…ねえ、あなたの右足、怪我しているの?」 「お見苦しいものを見せてしまって申し訳ありません、これは、子供の頃木に登って遊んでいたのですが、ある日脚を滑らせて足の指を折ってしまったのです、水のメイジ様に治療を依頼するお金もありませんでしたので…歪んだまま固まってしまいました」 「そう」 ルイズはシエスタの身体をひょいと持ち上げると、ベッドの上に乗せた。 そして、シエスタの右足を、何かを確かめるように撫でた。 突然のことに驚いたシエスタは、『犯される!』とでも思ったのか、思わず目を固く閉じた。 「もう大丈夫よ、ほら」 ルイズがシエスタの右足から手を離し、今度はシエスタの手を取って、立ち上がるように促す 訳の分からないまま直立するシエスタは、足の感覚がおかしくなっていると気づいた。 …と言うよりは、おかしかった足が、元に戻っていたと言うべきだろう。 「え?えっ?あれ?足が…足が!」 「しーっ、静かに、他の人が起きちゃうわ」 「あっ、ごめんなさい…あの、私、どんなお礼をしたらいいか…」 ルイズに注意され、シエスタは声のトーンを落とすが、興奮は冷めない。 「お礼なんていいわ、あなたの足は骨がちょっとズレていただけ、だから簡単に治せたの」 もちろんルイズの言葉は嘘だ。 血を吸うのと同じ感覚で指を突っ込み、歪んでいた骨の形を矯正した。 実験のつもりだったが、正直、ここまで綺麗に治るとは思っていなかった。 (それに血を少し貰ったしね…) 「?」 「何でもないわ、他の人には転んだら治ったとでも言っておきなさい」 「はい、あ、廊下はお暗いでしょうから、このランプをお使い下さい」 「いらないわよ、だって私、意外と夜目が利くのよ?」 そう言って笑うルイズの瞳が、一瞬、金色に輝いた気がした。 To Be Continued → 2< 目次
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シエスタがギトーと共にトリステイン魔法学院に向けて馬を走らせている頃。 ルイズは、トリステインの王宮で、一人で待たされていた。 デルフリンガーは武器なので王宮には持ち込めない。 そのため、吸血馬と共に馬舎に預けてある。 ルイズが待たされているこの部屋は、言わば従者を待たせるための部屋なのだが、王宮だけあって間取りは広く、調度品も美事な物ばかりだった。 実家にも同じような部屋があったのを思い出したが、それと比べても広く、そして堅牢な作りをしている。 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。 トリステインの王宮に来るまでの間、ウェールズにブルリンのことを覚えていないのかと何度も質問した。 だが、ブルリンのことなど覚えていないという。 念のためデルフリンガーを握らせて質問したが、デルフは『嘘つているとは思えねー』と言っていた。 本来なら、王宮にウェールズを送り届けたらオサラバしようと思っていたのだが、王宮を見てルイズの考えは変わった。 アンリエッタは、ルイズのことを覚えているだろうか、存在そのものを忘れ去られていたら、自分はどうするべきなのだろうかと、悩んでいた。 それを確かめるため、あえてウェールズの従者として城に入り込んだのだ。 従者である自分がアンリエッタと面会できるとは限らない、だが、いざとなれば夜の闇に紛れて会いに行くつもりだった。 右手には、報酬として渡された『風のルビー』が輝いている。 身元が確認されたウェールズから、せめてもの礼だと言って渡されたものだ。 ルイズはつまらなそうにため息をつき、ソファに背を預けた。 コンコン、と扉がノックされ、一人のメイドらしき女性が何かを運んできた。 運んできたのはクックベリーパイと、紅茶。 メイドが部屋を出たのを確認すると、ルイズはフードを外し、居住まいを正した。 クックベリーパイはルイズの大好物。 久々に食べるので、緊張しつつも笑みを浮かべてしまう、なかなか異様な光景だ。 一口食べてみると、甘みと酸味の絶妙なバランスがルイズの舌を刺激し、ルイズを喜ばせた。 吸血鬼になってからというもの、食べ物といえばトロル、オーク、牛馬の血、場末の酒場で注文した肉料理、ドラゴンの血…… ほとんど血ばかりで、人間だった頃好んでいたものは食べていない。 血は吸血鬼としての喜びを満たしてくれるが、お菓子の好みはまた別だ。 甘いものは別腹、という言葉があるが、まさにその通りだと実感する。 パイの上には、ハルケギニアで採れる苺を、クックベリーのジャム漬けにしたものが乗せられている。 パイを食べ終わった後、これを舌の上に乗せ、レロレロと転がして遊ぶのがルイズの癖だった。 子供のころ、親からも、教育係からも、姉からも怒られたのをよく覚えている。 魔法学院ではこの癖は見せないように我慢していたが、今は誰も見ていない。 ルイズは小指の先ほどの苺を唇で挟み、右手の人差し指の上に乗せ、もう一度キスをしてから口の中に放り込み、その感触を味わった。 懐かしい。 そういえば、アンリエッタが真似をして、従者の……ラ・ポルトに怒られていたっけ。 昔を思い出すと、思わず顔がほころんでしまう。 けど……吸血鬼になった私は、人間の敵。 私がルイズだと知っていても、アンリエッタは私を切って捨てるに違いない。 喜んだり悩んだりを繰り返していたルイズ。 その思考は、突然開かれたドアの音と、自分に飛びついてきた少女によって中断された。 バタン、とノックの音もなく扉が開かれる。 ルイズは臨戦態勢を取ろうとしたが、扉を開いたのが衛兵ではなく、室内用のドレスを着た少女だと気づき、ルイズは硬直した。 「ルイズ! ルイズ!ルイズなんでしょう!」 ルイズの名を叫び、涙を流しながら抱きついてきた少女の姿を見て、ルイズは戦意を完全に喪失してしまった。 「あ…いえ、私はルイズじゃ……」 ルイズはなんとか誤魔化そうとしたが、抱きついた少女がそれを遮った。 「嘘!パイを食べたあの仕草、覚えてるわ!一緒にラ・ポルトに怒られたじゃない!なんで、なんで死んだなんて嘘をついたの!?ルイズ……うっ……ぐすっ……」 ルイズは、完全に油断していた。 この部屋が『遠見の鏡』で監視されていた可能性は十分にあったのに、それを失念していたのだ。 だが今のルイズにとって、そんなことはどうでも良かった。 アンリエッタが自分のことを覚えていてくれた、それだけがルイズにとって嬉しかった。でも、嬉しいという感情を表に出してはいけない。 今はアンリエッタを自分から引きはがすのが先だ。 なにせ、アンリエッタの後を追ってきたウェールズが、顔を真っ青にしているのだから。 「姫様、離れて、私に触れちゃ駄目よ、王子様が困ってらっしゃるわ」 「ルイズ、ルイズ、貴方なのでしょう?そんな言い方は止めて!昔みたいに、友達として接してはくれないの?」 ルイズはアンリエッタを軽々と引きはがした。 アンリエッタはなおもルイズに抱きつこうとするので、ウェールズがアンリエッタの手を握り、落ち着かせた。 アンリエッタはルイズを連れて部屋を移動する、今度は従者の待機室ではなく、上等な調度品が置かれた応接間だった。 テーブルを挟み、ルイズと向かい合わせの形でアンリエッタとウェールズが座る。 アンリエッタが人払いをし、ディティクトマジックで遠見の鏡が使われていないかを確認すると、改めてルイズに語りかけた。 「わたくし、ウェールズ様が傭兵に助けられたと聞いて驚いたわ、貴方に直接礼を言おうと思ったけど、従者が『傭兵に会うのは危険です』なんて言ったの」 「それで、遠見の鏡を使って覗き見したの?」 「いいえ、先ほどの部屋は『疑いのある者』を一時的に隔離する部屋なの、遠見の鏡でずっと監視されている部屋なのよ」 「なるほどね…迂闊だったわ」 「でも驚いたわ、顔も髪の毛の色も、思い出の中のルイズそのままだった…その人がクックベリーパイをあんな風に食べる人なんて、もう、だから私、気が動転して…ごめんなさいね、いきなり抱きついてしまって」 「もう、私がルイズだと、確信を持ってるのね?」 「ええ!あんな美味しそうにパイを食べる人、貴方だけよ!ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタの笑顔が、ルイズにはとても懐かしかった。 それがルイズの心に罪悪感を募らせる。 「…………姫様、ごめんなさい、もう、私はルイズ・フランソワーズではありません、私は…」 「ルイズ……あなたの身に何が起こったの? 私、あの日のことをよく覚えているわ。後日あなたが死んだと聞いて…本当に、私、どうしたらいいか分からなかったわ」 「姫様のせいではありませんわ」 「衛兵のいない隙を狙って現れた、『土くれのフーケ』をルイズが追いかけて、相打ちしたと聞いたときは…………ううん、生きていてくれたから、この話は止めましょう。」 一呼吸置いて、アンリエッタが真剣な表情で、ルイズの顔を見た。 「ルイズ、どうして生きていると教えてくれなかったの?それに、貴方が単独でウェールズ様をここまで連れてきたなんて、とても信じられなかったわ。貴方の身に何が起こったの?」 「……ごめんなさい、ごめんなさい姫様、ルイズはもう死んだの、ここにいる私は人間じゃないの」 「ルイズ」 「私は、吸血鬼よ、日の光を浴びても平気な、吸血鬼なの」 「ルイズ、何を言ってるの?」 困惑するアンリエッタに、ウェールズが言った。 「アンリエッタ、彼女の言っていることは、本当だ」 驚いたアンリエッタはウェールズを見る、ちらりと首元を見ても、ウェールズの首には傷痕は無い。 ルイズに向き直り、うつむいたルイズの首をのぞきこむように見ても、吸血鬼に噛まれた傷痕どころか、傷一つ見えない。 「……ルイズ、ウェールズ様、そんな、冗談でしょう?」 だが、アンリエッタの希望は、ルイズがその正体を見せることで、完全に砕け散った。 「姫様、この部屋に『目』と『耳』は?」 「この部屋にはありませんわ」 「その言葉、信じます」 ルイズは口を大きく開いた、すると犬歯がカタカタと震え、瞬く間に凶悪な『牙』へと変化した。 「…………ルイ……ズ……?」 「姫様、私は、もう人間じゃないの、どう? 怖くなったでしょう?」 ルイズは思った。 アンリエッタに嫌われれば、自分は人間など吹っ切ることが出来る。 ここから逃げ出して、顔を変えて、フーケと手を組んで、盗賊や傭兵でもやって生きた方が幸せかも知れない。 ルイズは、アンリエッタに嫌われるつもりで、牙を見せた。 だが、アンリエッタは怖がるどころか、どこか寂しそうな顔でルイズを見つめていた。 そして、多少芝居がかった仕草で顔を覆い、涙を拭いた。 「ルイズ、あなたはルイズよ、私はカゴの中の鳥…王宮で私はひとりぼっち…他人と混ざることの出来ない苦しさは私が一番よく知っているつもりです」 「姫様」 「アンリエッタ」 ルイズとウェールズが驚く。 「ねえ、ルイズ、あるとき、私はこんなことを言われたの、『王族は国民の血を吸って生きる花です』って。私はあなたよりずっと沢山の税を、血を吸っているの……」 そう言うとアンリエッタは、突然立ち上がり部屋を出た。 廊下で待機している従者に何かを告げ、しばらくすると従者が絹で包まれた何かを持ってきた。 「ルイズ、ね、昔宮廷ごっこをして、遊んだのを覚えている?」 「ええ、何度目かで、私がお姫様役になった時、従者のラ・ポルトに怒られて……仕返しに服まで交換して、ラ・ポルトを騙そうとしたわ」 「その後、宮廷中がニセモノ騒ぎで大変なことになったのよね」 「姫様、どこからかカツラまで持ってきたんですよね、懐かしい……本当に懐かしい…です」 二人は笑い合った、本当に久しぶりの笑いだった。 ウェールズもまた、アンリエッタとの出会いの話をして、三人で笑い合った。 そして、一通り談笑が済むと、アンリエッタは包みを開け、中から一冊の本を取り出した。 「ねえ、ルイズ、おままごとのつもりでいいの、この本を使って、アンとウェールズの結婚を祝う祝詞を……」 「アンリエッタ!君は何を」 「ウェールズ様、私をはしたない女だとお笑い下さい、ゲルマニアに嫁ぐ前に、一度だけ、一度だけ夢を見たいのです」 『結婚』という単語を耳にし、ルイズの笑顔が一転した。 「姫様、では、本当にゲルマニアの皇帝と……」 アンリエッタは無表情で、静かに頷いた。 「アンリエッタ、これは『始祖の祈祷書』じゃないか、いくらおままごとと理由を付けても、こんな事をしては…」 「でも……せめて、ウェールズ様、私に勇気を下さい……」 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。 アンリエッタが『お姫様』なのだと、否応なしに理解してしまった。 政略結婚のために育てられた『お姫様』は、せめて結婚前に思い出を作りたいと思っているのだろう。 ルイズは、この申し出を受けるべく、『始祖の祈祷書』を開いた。 「これは……古いルーン文字かしら」 『序文、これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。』 「この世のすべての物質は……小さな粒より……四つの系統は……」 ぶつぶつと呟き始めたルイズを、アンリエッタは何故か訝しげな目で見ていた。 「ルイズ、何を呟いてるの?」 「え? ああ、ごめんなさい、ところで、この本のどこからどこまでが祝詞なの?」 「『始祖の祈祷書』は白紙のはずよ、代々の王家はその本を読む形で祝詞を唱えるの、祝詞は毎回違うはずよ」 「……でも、書いてあるわよ」 ルイズはそう言ってページをめくり、適当なところを指で指した。 書かれている文字を指でなぞりつつ、アンリエッタとウェールズに聞かせるよう、音読していった。 「異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ」 「詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る」 「我はこの書の読み手を選ぶ、資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれ……選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ」 心なしか、ルイズの声は震えていた。 「されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 』」 ルイズの指にはめられた『風のルビー』が、きらりと輝いた。 To Be Continued → 24< 目次
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 「なるほどなあ……」 手にしたシャベルの刃を蹴りつけながら、柊は嘆息交じりに言った。 柊達と同じくファー・ジ・アースから召喚された少年、平賀 才人との邂逅を果たした後、柊は何故かサイトと共に部屋の掃除をやらされていた。 部屋の中にこんもりと積もっている土山をシャベルで削り、床に空いた謎の大穴に放り込む。 それこそ魔法を使って片付けろという話なのだが、当のフーケ――本名はマチルダというらしい――は全く取り合ってくれなかった。 そんな訳で柊は押し付けられた土木作業をこなす傍ら、マチルダから一年前にサイトが召喚された話をかいつまんで聞いたのだった。 ……ちなみにサイトは、出会った直後こそどうやってここに来たのかとか地球は今どんな感じとか根掘り葉掘り色々と聞いてきたのだが、 柊がサイトと同じように召喚されて帰る手段もない事を聞くとガッカリ感丸出しの表情を浮かべてしまった。 まあそれでも同じ地球の人間に会えたのが嬉しかったのか、どこか喜色を称えて柊との共同作業にあたっている。 「……しかし、俺等以外にも人間が召喚されてるのかよ」 話を聞き終えた後、柊は作業の手を止めて嘆息交じりにマチルダをねめつける。 すると彼女の隣にいる帽子を被った少女――ティファニアが申し訳なさそうに頭を垂れた。 「……ごめんなさい」 サイトを召喚した事に負い目を感じているのだろう、彼女は消え入りそうな声でそう漏らす。 一方のマチルダは逆に不服といわんばかりに顔を顰めてテーブルを軽く叩いて見せた。 「召喚したのはこっちが先だよ。それに、人間だの異世界だのっていうのが本来ありえない事なんだ、イレギュラーにまで責任とれるか」 「いや、別に責任とれとはいわねえけどさ」 ルイズの時もそうだが、別に彼女等が意図して柊達をこの世界に召喚した訳ではないのでその点に関して特に責めたりするつもりはない。 学院にいた時使い魔召喚についても調べてみたが、異世界は当然ながら同じ世界であっても『召喚』する手段はあれど『送還』する手段は皆無だった。 これはもう根本的に責任がどうのというものではないようだ。 だからマチルダの言の通り、イレギュラーと言われれば単にそれだけの話なのだが―― 「イレギュラーねえ……」 柊は呟いてから少しの間黙考し、そしてティファニアへと眼を向ける。 「えぇと、ティファニアって言ったっけ。あんたがサイトを召喚したんだよな?」 「え、は、はい……」 人見知りが激しいのか、ティファニアは僅かに身を縮こまらせて頷いた。 まるで何かを隠すようにして帽子を目深に被りなおす彼女の仕草はさておき、柊は更に重ねて尋ねる。 「てことは、あんたもメイジなのか?」 「えっと、それは……」 するとティファニアは何故か困ったようにマチルダへと視線を向けた。 マチルダは小さく嘆息した後、ティファニアの代わりに柊に向かって言う。 「まあそんなモンだよ」 「微妙な言い回しだな……まあいいや」 いちいち追求するような事ではないし、そうすべき事は他にあるのだ。 「メイジなら魔法は使えるか? えーと……そう、コモン・マジックとかじゃなくて系統魔法の方だ。ドットでもラインでもなんでもいいけど」 「……なんでそんな事を聞くんだ」 そこまで聞けば流石に何か勘ぐっている事を察し、マチルダは声を潜めて柊を睨みつけた。 やや剣呑な雰囲気を纏った視線を受けながら、しかし柊は僅かな沈黙の後にこう返した。 「……ルイズと同じなんじゃないかと思ってよ」 ルイズとティファニア、二人して『本来ありえないほどの偶然』で柊達やサイトを召喚した、とするよりも、二人に共通して『本来ありえない事を起こす要因』があるとした方が納得がいくのだ。 これはルイズがフール=ムールから情報を得たときから考えていた事だった。 フール=ムールから教わったと思われる彼女の系統。 四系統ではありえない特別な系統――それが異世界からの召喚を可能にした要因ではないか。 「同じってどういう事さ。テファも魔法が使えないゼロって事かい?」 「魔法が使えないって訳じゃなくてな……」 ここで柊は言いよどんだ。 これはルイズのプライバシーにも関する事なので言ってしまっていいものか迷ったのだ。 しかしそこを伏せて婉曲的に聞いても埒が明かないだろう。 それにこの点は柊やエリス、サイトの今後にも関わる可能性もあるのだ。 「ルイズが魔法を使えないのはそれが自分の系統じゃねえからだ」 「はあ? メイジなら四つの系統のどれかに適正があって当たり前じゃないか。それができないから『ゼロのルイズ』なんだろう?」 「もう一個系統があるだろ。誰も使わねえ、誰も使った事がねえ系統がよ」 「……。ちょっと……」 それを聞いて流石にマチルダの顔色が変わった。 しかし柊は畳み掛けるように言った。 「ルイズは多分『虚無』の系統って奴なんだよ。確証はねえんだけど、少なくともここでは信頼できる筋の情報だ」 マチルダは絶句した風に柊を見つめた。 隣にいたティファニアはいまいち話の内容を理解できないのか、きょとんとした表情を浮かべていた。 サイトに至っては意味がわからないといった風情で――誰かに向かって声をかけた。 「な、なあ。キョムの系統ってなんだ?」 「始祖ブリミルが使っていたとされる系統。伝聞だけでしか伝わっていないから詳細は不明」 ……と、そこでようやく。 柊は彼女の存在を思い出した。 「うわっ、タバサ!?」 そういえばマチルダに案内されて一緒に来ていたのだ。 普段から無口で存在感が皆無であり、ここに来てからも一言も口を開かず部屋の片隅で佇んでいただけだったので完全に忘れていた。 ルイズの系統の事だけでなく柊やサイトが異世界から召喚されたという事も全て話してしまっている。 「タ、タバサ。あ、あのな、これは色々と事情があって、だから頼むからこの事は内密に……」 泡を食って柊がタバサに向かって言うと、彼女はさほど表情を動かさないまま首を振った。 「誰にも言うつもりはない。その程度の事はわきまえているし……言っても誰も信じない」 「ま、まあそれはそうだけど……すまねえ、頼む」 頭を下げる柊にタバサは小さく頷くと、ほんの少し興味を帯びた視線で柊とサイトを交互に見つめる。 「……この人も貴方と同じ力を持っているの?」 「いや、サイトはイノセントだろうから持ってねえ……多分」 「力? イノセント? 何のことだ?」 不思議そうに首を傾げてサイトは柊を見やったが、彼は軽く手を振って「後でな」とだけ言い、改めてティファニアとマチルダに眼を向けた。 すると何とか内容を呑みこんだのか、ティファニアは僅かに視線を彷徨わせた後、おずおずと声を上げる。 「あ、あの。虚無って、あの虚無? 始祖ブリミルの系統っていう……」 「多分、その虚無」 ティファニアは頷いて返した柊をしばしぼんやりと見つめ、次いで乾いた笑いを漏らした。 「そ、そんなのある訳ないわ! わたしが虚無だなんて、そんな大それたこと……!」 同意を求めるようにティファニアは隣に座るマチルダに顔を向け、そして固まってしまった。 まっとうな人間ならまず一笑に伏すような話を聞いたマチルダは、しかし険しい表情のまま何事かを思案している。 「ね、姉さん……?」 不安になって恐る恐る声をかけるが、マチルダはそれには答えずサイトの方へと眼をやった。 「サイト。こないだ話したあんたのルーンの話、覚えてるかい?」 「ルーン? 確かガンダールヴっつって始祖ブリミルの使い魔――」 そこまで言いかけてサイトも流石に気付いたのか、思わず息を呑んだ。 そしてマチルダはようやくティファニアへとふりかえり、言う。 「あのルーンは契約したときに自然に刻まれたものだ。伝説の使い魔のルーンが刻まれたのなら、必然その主は伝説――虚無って事になる」 「ね、姉さんまで……!」 信頼しているマチルダにまでそう言われ、ティファニアは思わず腰を浮かせた。 彼女はその発端となった発言をした柊に眼をやると、食って掛かるように口を開く。 「だ、だからなんなんですか!? 私がその虚無だったら、どうだっていうんです!?」 食い入るように見つめてくるティファニアの視線を受けて、しかし柊は動じることもなく一つ頭をかいてから言った。 「この世界の奴等にとって虚無の系統がどうかってのはわからねえ。ただ、俺達とサイトにとっては結構重要なことかもしれねえんだ」 「え――」 「お、俺も?」 眼を丸めたサイトとティファニアに、柊は頷いた。 「俺達がハルケギニアに召喚されたのは虚無の力が関係してるのかもしれねえ。 だったら、俺達が元の世界に戻るのも、虚無の力を使えばできるんじゃねえかな」 「ま、まじで!?」 泡を食ってサイトが詰め寄り、そして期待交じりにティファニアに眼を向ける。 彼女は気圧されるように半歩後ずさると、一転して怖気づいたような表情を見せて呟いた。 「そ、そんなのできない……私、そんなこと、知りません……」 「うん、それはわかってる。できるようになるかもしれねえって話だよ」 そんなティファニアを落ち着かせるように柊は言った。 ティファニアという少女が知っていて隠すような人間ではない事はなんとなくわかる。 それで彼女は幾分落ち着きを取り戻したのか、静かに椅子に腰を下ろした。 そして彼女は一度サイトに眼をやってから、柊に問いかける。 「本当に、私が貴方達を……サイトを元の世界に戻せるようになるんですか?」 投げかけられた問いに柊は僅かに眉を潜めて答える。 「推測だから確実にそうなのかはわかんねえ。そもそも虚無の魔法ってのがどういうもんで、どうすれば使えるようになるかもわかんねえしな……」 実際学院でルイズがあれこれと調べていたが、てがかりは掴めていないようだった。 柊を見ていたティファニアは隣のマチルダに目をやった。 彼女は何も言いはしなかったが、どこか諦めたかのように嘆息し、瞑目して小さく頷く。 ティファニアは柊に向き直った。 「あ、あの……私、魔法が使えるんです」 「魔法? コモン・マジック?」 「そうじゃなくて、別の魔法……姉さんによると、系統魔法ではないそうです。ええと……」 上手く説明する事ができないのか、ティファニアはそこで言葉を詰まらせてしまった。 すると今まで黙っていたマチルダが引き継ぐようにして説明し始める。 昔、ティファニアはとある縁で貴族の家に住んでいたらしい。 その家には王家に伝わるというルビーの指輪と、同じく王家に伝わる秘宝のオルゴールがあった。 そのオルゴールは音が鳴らない不良品と思われていたのだが、ティファニアが王家のルビーを嵌めてオルゴールの蓋を開くと歌とルーンが聞こえてきたそうだ。 そしてそのルーンこそが系統魔法では類を見ない効果のものであったらしい。 「確か記憶を消す……んだったっけ?」 確認するようにマチルダが目を向けると、ティファニアは静かに首肯する。 「水の系統じゃできないのか?」 「できない。洗脳や暗示で忘れさせたり方向性をずらしたりはできるが、完全に『消す』ことはできない」 それをやるにもスクエアクラスの力と水の秘薬があってようやくだからね、とマチルダは首を振った。 「王家の秘宝と……王家のルビー?」 柊は眉を潜め、反射的に懐に手を伸ばした。 厳密にはそこにある訳ではないのだが、月衣の中にはアンリエッタから預かった『水のルビー』がある。 そこでようやく柊は合点がいき、大きく溜息を吐き出した。 「どうした?」 「いや、こっちの話だ」 ――王家のルビーと王家の秘宝によって虚無の魔法が使えるようになる。 おそらくルイズはこの話をフール=ムールから聞いていたのだろう。 だからアンリエッタがルビーを持ち出した辺りから同行することに意固地になっていたのだ。 (あいつ……) 柊は心中で呻いてしまった。 そういう事情があるのなら、ちゃんと言ってくれさえすればあんな風に置いていく事はしなかった。 要するに、そこまで打ち明けてくれるほど信用されていなかったということなのだろう。 「そ、それじゃその秘宝とルビーってのがあれば元の世界に戻れるようになるのか?」 具体性を帯びてきた希望に縋るようにしてサイトが声を上げると、柊は軽く肩を竦めながら返した。 「まだ確実って訳じゃねえけどな。でも、闇雲に方法を探し回るよりはずっと可能性はあると思うぜ」 「でも帰れるかもしれないんだろ? うおお、何だよおい! すげえ道が開けてきた感じだぞ!?」 まあ道が開けてきたという点に関してはサイトの言う通りではある。 だが、立ち塞がる関門がない訳ではない。 それを示すようにマチルダが軽く鼻で笑った。 「簡単に言うけどね、王家のルビーや秘宝をどうやって手に入れるっていうのさ。アレは本来王宮の宝物庫に収められてるような代物なんだよ?」 「うっ……えーと、それじゃ忍び込んで盗み出……はい、なんでもありません。すいません」 言いかけたサイトがマチルダの物凄い睨みを受けて黙り込んだ。 それを嘆息して見やりながら、柊は軽く頭をかいた。 「あー、その辺の事はこっちでどうにかする」 今回の任務を無事果たすことができたら、報酬代わりという訳ではないがアンリエッタにそれらを見せてもらうくらいはできるだろう。 柊は怪訝な表情で見つめてくるマチルダから逃げるようにしてサイトに顔を向けた。 「だから、サイトはここで待っててくれ。進展があったら連絡入れっから」 「ホ、ホントか? 頼んだぞ、マジで」 「ああ。手紙かなんか送る……って、手紙でいいのか? 届くのか、ここ?」 電話などという文明の利器がある訳でもなく、手紙を送るにしても現代日本の郵便方法しか知らない柊は住所もないだろうこの場所にちゃんと手紙が届くかいまいちわからなかった。 不安になってマチルダを見やると、彼女は呆れたように溜息を吐き出した。 「サウスゴータ経由で普通に届くよ。……っていうか、あのマジックアイテムを使えばいいんじゃないのかい?」 言って彼女は部屋の脇を指差した。 追って視線をやると、棚の上には何故かノートPCが鎮座している。 開かれたディスプレイからはスクリーンセイバーらしき画像が動き回っていた。 「……?」 柊は思わず首を傾げてしまった。 机の上ならわかるが、何故棚の上。 「ネットに繋がらねえから使い道がなくて……インテリアに……」 「……あぁ、そう」 サイトがさめざめと漏らした台詞に柊はぼんやりと返した。 まあ確かにこの世界の技術水準からすればノートPCの造形もディスプレイに映る画像も芸術品と言っていいレベルのものだろう。 「あれ、あんたが持ってるマジックアイテムと同じような奴なんだろう? あれで連絡を取れるんじゃないのかい?」 確かにサイズはともかくとして全体的な造形自体は似通っている。 マチルダが柊に地球の事を尋ねたのも0-Phoneを見てこのPCを思い出したからなのだろう。 だが―― 「俺とエリスの持ってる奴は特別製だから、これとは多分繋がらねえな……」 柊達がハルケギニアで連絡を取り合う事ができるのは0-Phoneが魔法技術を組み込んで作られたものだからだ。 もちろん通常の携帯電話としても使用できるのだが、通常回線が存在しないハルケギニアでは使用する事はできない。 「…………?」 と、そこで柊はある事に気付いて眉を潜めた。 色鮮やかなディスプレイを凝視したまま、サイトに声をかける。 「サイト、お前確か一年前にハルケギニアに来たんだよな?」 「あ? 正確な所はよくわかんねえけど、多分大体それくらい……」 「……このPCはそれからずっと立ち上げっぱなしなのか?」 「こっち来て一ヶ月くらいは使う時だけ立ち上げてたけど、この村のガキ共が珍しがって見せてくれっていうから後はそのまんま――っ!?」 柊が言わんとしている事にサイトも気付き、表情を凍らせた。 二人が何に驚愕しているのかさっぱりわからない回りの三人は一様に首を傾げるだけだったが、当の柊とサイトは慌てて棚の上のPCを取り寄せて机の上に移動させる。 「なんでまだ動いてんだよ!?」 「し、知らねえよ!」 仮にこの世界に来る直前に充電していたとしても、約一年間起動させっぱなしでバッテリーが持つわけがない。 そして言うまでもなく、ハルケギニアではバッテリーの充電などできるはずもなく。 つまり、目の前のPCが今だに動作しているのは本来ありえないことなのだ。 「なんだこのPC、普通の奴じゃねえのか? もしかしてお前ウィザードだったりすんのか?」 「普通にアキバで買った奴だよ! 調子悪かったんで叔父さんに修理頼んで、直った奴を持って帰る時にこの世界に……ってか、うぃざーどって何だよ!」 周囲の怪訝そうな視線をものともせず、二人はPCをあちこち観察する。 が、一見してもPCに何か特別なものがあるという訳ではない。 分解して中身を見たところでその手の知識がほぼ皆無な柊では判別することなどできないし、何も知らないだろうサイトも論外だ。 「くそ、わかんねえ……いや」 仮にこのPCが"そう"であるのなら、確かめる方法がある。 柊は懐から0-Phoneを取り出した。 「!? うわああぁああん!! けえたいでんわあぁああああ!!!」 「おちつけっ!! メール送ってみっから、メアド!」 狂喜の表情を浮かべて被り付いて来るサイトを押しのけながら柊は適当にメールを打つ。 慌ててサイトはPCを操作しメールソフトを立ち上げるが、 「おああぁ!?」 いきなり素っ頓狂な悲鳴を上げた。 「今度は何だよっ!?」 耳元でいきなり叫ばれて柊は思い切り眉を顰めた。 サイトは震える手でディスプレイを指差し、再び叫ぶ。 「め、メール!」 「いや、だからメール送るからメアドを――」 「違う! メールが来てる!!」 「はぁ!?」 思わず柊はサイトを押しのけてディスプレイに顔を寄せた。 まだサイトのメールアドレスを聞いてないので柊のメールは送信していない。 だが、開かれたエディタには確かに新着のメールが届いていた。 それも複数。 全てがほぼ同時に送られているようで、一番上のものを除いて全てに添付ファイル付だ。 表題は『才人くんへ』。 送信者は――平賀 十蔵。 「……叔父さん?」 「届いたのは……半年前? 半年前だと?」 つまりこのメールはサイトがハルケギニアにいる間に届いたという事なのだ。 世界を越えて連絡を取る手段を見つけていたということなのだろうか。 だがそれでは、そこから今までの半年間この世界に来る事はおろか何の音沙汰もないというのはおかしな話だ。 「……ちょっとあんた達。二人だけで何を盛り上がってるのさ」 と、そこで蚊帳の外にいたマチルダがやや語気を強めて口を開いた。 はたと気付いて柊は不思議そうに見つめてくる三人の女性を振り返った。 「……コイツは簡単な手紙をやり取りできる機能があってな。で、サイトの親戚から手紙が届いてた」 「――!」 するとティファニアは絶句して眼を見開き、マチルダは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。 それ以上の追求がなくなってしまった二人を見やった後、柊は再びサイトに向き直る。 「な、なんでメールが来てるんだよ。ネットは通じないはずなのに……」 「……この平賀 十蔵って人は多分ウィザードだろうな。そっちの技術ならできるかもしれねえ」 「だからそのウィザードって……」 「メール、一緒に見てもいいか?」 「え、お、おう」 サイトの疑問に答えるのはとりあえず後回しにして、柊は彼を促した。 半分疑心暗鬼のままサイトはPCを操作してメールを開いた。 ※ ※ ※ 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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愁いを帯びた顔の人は、首都から港へと街道を歩き。 甲冑や武器を背負った男達は港から首都へと歩いている。 街道の流れに取り残されるように、一組の男女が壊れた建物を見上げていた。 フードを被り顔を隠した女性は、建物の内部をのぞき込む。 そして髭面の大男は、放心したような顔のまま、こう呟いた。 「こりゃあ、どういうこった」 アルビオンの首都、ロンディニウムの大通りのはずれにある建物は、木の骨組みに石の壁という、単純で丈夫な作りのものだった。 木の骨組みに残る焦げ跡、内側に向けて崩された石の壁、この建物は明らかに何者かによって破壊されている。 大男は無言で建物の中に入る、天井を見上げると空が見えた。 二階建てだったであろうこの建物は、天井も二階も無くなっており、燦々たるありさまだった。 酒場として作られていたのか、カウンターらしきものがかろうじて原形を留めている。 髭面の男は、カウンターの後ろに回り込み、何かをごそごそと探し始めた。 もう一人の女性は周囲の様子を見る、すると、街道沿いの建物が何軒か列をなして崩れているのが見えた。 その女性は背中の大剣を少しだけ引き抜くき、剣に向かって話しかけた。 「デルフ、どう思う?」 『壊れてんのはこの酒場だけじゃない、建物の崩れ方も不自然だ、こいつは何かあるぜ』 「何かあるなんてのは分かってるわよ、この壊れ方に心当たりが無いか聞いてるの」 『…ドラゴンが力尽きて、滑空しながら墜落したとか』 「なるほど、それなら考えられるわね」 デルフリンガーの言うとおり、何かが建物の屋根を引っかけて墜落したようだ。 周囲の建物を見ると、壁はよりも屋根の損害が酷いように見えるので、おそらく想像通りだろう。 そういえば、髭面の男は壊れた建物の中で、何をしているのだろうか? 壁がある程度残っているので、外から中の様子が分からない。 「何か捜し物?」 そう言って建物の中に入ろうとすると、奥から慌てたように男が叫んだ。 「来るな! 街道沿いにもう一件酒場があるんだ、俺はちょっと捜し物をするから、先に行っててくれ!」 『ルイ…石仮面の嬢ちゃん、あんな事言ってるけど、どうすんだ?』 石仮面と呼ばれた女性…ルイズは、思案する様子もなく「先に行くわ」と呟き、王城に向かって街道を歩き始めた。 男の言った通り、街道沿いに大きな酒場があった。 酒場の中に入ってみると、傷だらけの軽装鎧や、顔や体に傷のある男達がたむろしており、お世辞にもいい雰囲気とは言えなかった。 ルイズは空いている四人がけの席に座る、すると、体格のいい給仕が注文を取りに来た。 「前払いでお願いします、ご注文は?」 「特大スペアリブ、生で」 「生?…血の滴るようなレアですね、すぐ出来ます」 ついつい生でと言ってしまったが、給仕は勝手にレアだと誤解してくれたので、少しだけほっとした。 背もたれに体を預けてしばらく待つと、給仕がテーブルに料理を措いた。 四人がけのテーブルを埋め尽くすほどの皿に、これまた巨大な肉の塊が乗っている。 壁に掛けられたメニュー表を見ると、小さな文字で『五人前です』と書かれていた。 (オークの頭ぐらいかな…) 食欲をなくすような例えだが、ある意味的確だと思えるほど大きい。 それをルイズは手づかみで食べ始めた。 テーブルに措かれたナイフとフォークは使わず、手で肉をちぎり、骨を割り、口に放り込んでいく。 山のような肉と骨の塊はみるみるうちに減っていった。 ルイズをからかってやろうと考えていた荒くれ者達は、ゴリゴリと骨が砕ける音を聞き、背筋に寒いものを感じ元の席へと戻っていく。 周囲からの奇異の視線に気づいたルイズは、フードを深く被り直した。 ルイズは心の中で呟く。 (やっぱり量が多かったかなあ…) デルフリンガーも心で呟く。 ( ( そういう問題じゃねえよ! ) ) 料理を食べ終わると、給仕がおそるおそる皿を回収しに来た。 ルイズはワインを頼むと、出てきたグラスに驚いた。 荒くれ者が集う店にしては不釣り合いなほど上等なワイン、そして、シンプルかつ上品なグラスだった。 先ほどまでルイズを遠巻きに見ていた男達は、ルイズがフードを下ろし、ワインを飲む姿を見て、先ほどとは違った驚きを感じていた。 オーガのような女性を想像したが、フードの中から出てきたのはまだ顔の幼い女性ではないか。 しかもワインを飲む姿が妙に上品で、様になっている。 もっともついこの間まで貴族としての英才教育?を受けていた身、当たり前といえば当たり前の事だが、それを知る者はここには誰もいなかった。 ギィー、と扉が開かれ、酒場に一人の男が入ってくる。 2mはある背丈と、乱雑なひげを蓄えたその男は、どすどすと足音を立ててルイズの隣へと歩いていった。 「悪ぃ、遅れちまった」 髭面の大男がルイズの隣に座ったのを見て、客達がざわめく。 時折『殺されるぞ』『食われちまうんじゃないか』とか、かなり失礼な言葉も聞こえてくる。 しかし、それ以上に驚かされたのは、ルイズとこの男が親しげに話しているという事実だった。 「もう食べちゃったわよ、あんたもワイン飲む?」 「いいのかい姉御?じゃあ俺も貰おうかな」 「ちょっと、姉御っての止めなさい、あと、グラスをそんな握り方するのは下品よ」 「そ、そうか?」 「こう持つのよ…こう」 「ややこしいナァ」 その場にいる男達は、皆揃って『美女と野獣』という何処かの国の童話を思い出した。 が、すぐにそれを撤回し『美女っぽい野獣と野獣』というタイトルが頭に浮かんだという。 しばらく他愛ない話をしていると、一人の男が近づいてきた。 「な、なあ、ブルリンじゃねえか?」 ブルリンに話しかけた男は、頬が裂けたような傷痕を持っていた。 「ジョーンズ!おお、ジョーンズじゃねえか!」 どうやらブルリンの知り合いらしい。 ジョーンズと呼ばれた男がブルリンに耳打ちすると、ブルリンはルイズに「ちょっと…」とだけ言って、店の奥にある席に移った。 奥の席は少し暗く、二人がけの席になっており、密談をするにはうってつけの形になっている。 ルイズはフードを被り直すと、聴覚に集中し始めた。 『それじゃ、ペイジも、プラントも、ボーンナムもやられたのか!』 『ブルリン、おめえ、声が大きいぞ』 『す、すまねえ…』 奥の席に座る二人の会話を聞こうとして意識を集中する。 すると、奇妙なことだが、騒がしい酒場の雑音の中から、二人の声だけが選り分けられるようにして聞こえてくる。 これも吸血鬼の能力なのだろうかと考えながら、ルイズは二人の会話を聞いた。 『ジョーンズ、マスターに会ったのはいつだ?』 『…月ぐらい前だ、ブルリン、お前は?』 『俺もそれぐらいだ…なあ、マスターの息子はどうなったか知らないか』 『一足先にラ・ロシェール近くの村に疎開してるよ、マスターの故郷らしい。ところでマスターは?』 『…カウンターの裏で、瓦礫に潰されて…』 『そうか…』 聞かなければ良かったと、ルイズは後悔した。 あの髭面の大男ブルリンは、見た目と違ってずいぶん優しい心の持ち主らしい。 ルイズを先に行かせたのも彼の気遣いだろう。皮肉なことだ。 瓦礫と化した酒場に、金目の物など残っているとは思えない。 酒場のマスターを埋葬するためにルイズを先に行かせたのに、ルイズは彼を疑ってしまった。 「金目の物でも探しているのか?」と。 よく考えてみれば、「ルイズ」はもう、死んだことになっている。 ロングビルに「私が死んで誰か悲しんだ?」と、聞いてみようと思ったが、自分の死を誰が悲しんでくれたのか、確かめるのが怖くて聞けなかった。 死を偽装するという、ある意味で最低な行為をしている自分に、嫌気がさす。 ルイズの思考が自分を責め始めた時、ジョーンズの口から、驚くべき話が飛び出してきた。 『ありゃ貴族派の自作自演なんだ』 『ジョーンズ、そりゃどういう意味なんだ』 『酒場のあたりをぶち壊したのは王党派の船だけどな、あの船には誰も乗ってなかったんだ』 『脱出用の船を使ったから、誰も乗ってなかったんじゃないのか?』 『いや、その脱出艇が問題なのさ、脱出用の船から降りた連中が、貴族派にいたんだ、それも同じ奴らが乗る船が何度も墜落している』 『どういうことだ、分かんねえよ』 『だからよ、王軍の空軍は、もう貴族派に掌握されちまってるんだよ、王軍の装備そのままにな』 『って事は、王党派の船と貴族派の船が戦って、王党派の船ばかりが町に落ちてくるのは…』 『そう、貴族派のイメージ戦略も兼ねてるって訳よ、それを調べようとしたから、ボーンナムも、ペイジも、プラントも…たまり場にしていた酒場も狙われたんだ』 『………』 『………』 しばらくして二人の会話は終わり、ブルリンはルイズの待つ席へと戻ってきた。 待たせてすまない、と、ブルリンが謝る前に、ルイズはブルリンのみに聞こえるような声で言った。 「私、王党派につくわ」 To Be Continued → 11< 目次
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物語とは人知れず始まり、そして投石されて出来た波紋の様に広がっていく。 しかし、何事もきっかけがなければ何も起こらない。 例えば、この日ポップがある物を見なければ、物語は表に出ることもなく、終了していたのだ。 その日ポップ、マァム、メルルの三人はあの日キルバーンの策略によって行方不明になった勇者ダイを探す為にベンガーナ王国に向けて旅を続けていた。 「ちょっと、ポップ!ベンガーナ王国の場所間違えないでよ。地図をしっかりみたの?」 「う、うるせえ。俺だって間違えることはあるぜ。おかしいな~この道の筈だと思ったけど。」 マァムには弱いポップだが大魔宮での一件以来、二人の距離は微かに縮まっていた。 それ故に、前からポップに思いを寄せていたメルルは二人を見て軽い嫉妬心もあった。 その時メルルは一つの間違いを見つけた。 「あの、ポップさん。地図、逆です。」 「へ、あっ本当だ!はっはははは。」 「笑い事じゃないわよバカ!!全然別方向じゃない。もうあんたに地図持たせないわ。」 左頬に真赤な手形をつけたポップを先頭に来た道と逆の道を歩くのだった。 森に入った頃には昼過ぎで温度もあがる頃だった。 「この森を抜ければベンガーナに着くぜ。」 ポップは自信たっぷりにそう言った。 その時メルルは不穏な気配を察知していた。 「あの、何か嫌な予感がするんです。うまく言い表せないのですが不吉な物がすぐ近くにある様な気が 冷たい感じがします。この森に入ってから。」 「そんなの俺は感じなかったけどな。」 とさりげなくポップが足元を見るとそこには黒の核があったのだった。 「な、な、なんでこんなところにこんなものが~~~~」 その場にいる全員が凍りついていた。 小粒程度の小さな結晶だったが充分な破壊力を秘めていると考えられた。 「とっとりあえず、ベンガーナにいくのは後回しだ。先にこの事をみんなに伝えないと。」 三人はルーラでパプ二カへ向かった。 ~魔界~ ここは地上とはまるで異なり住んでいる生物も強大な力を持ったものばかりである。 地底深くにあることは知られているが魔界への入り口などは知られてはいない。 その魔界を統べる魔界の神、大魔王バーン、冥龍王ヴェルザーの二人の権力者は、 一人は竜の騎士によって倒され石像と化していた。 そしてもう一人は竜の騎士の息子の覚醒によって滅びた。 だがそのうちの一人、冥龍王ヴェルザーは石化してなお地上を欲する事を諦めてはいなかった。 「ピロロめ、しくじったか。バーンも勇者も殺せずに死ぬとは、奴に命令しなければよかったな。」 ピロロとはキルバーンの横についていた使い魔の様な存在であったがじつはピロロが正体でありキルバーンは人形であった。 「やっぱあんなガキに俺の傀儡人形を使わせたのは不味かったじゃん。」 「カンクロウか、だがお前が地上に設置した黒の核が勇者の仲間に見つかったのだ。これは由々しき問題だ。責任を取れるのか?」 「任せて下さいよ。黒の核を見つけた彼らにとってこれは大きな脅迫になったはず。 それにあの規模であれば地上征服に支障はきたさないですよ。」 カンクロウはそう言うとヴェルザーの部屋を出た。 「さてと、正直あそこで見つけられるのは想定外だったが仕方ない、 黒の核を持っているであろう勇者の仲間達を殺しに行くじゃん。 俺はピロロみたいに甘くないからな。」 カンクロウはその日魔界から姿を消した。 「ふふふふ、もう少しだ。もう少しで私の体が元に戻る。バランめ、あの日に受けた屈辱を貴様の息子を殺すことによって晴らす! 幸い勇者ダイも魔界にいるようなのでな。はははは。」 ヴェルザーの目的は魔界と地上の制圧、そして勇者ダイを殺すことだった。 ~パプニカ宮殿~ ポップ達五人は今までの経緯をすべて話した。 黒の核の事そしてダイに関する重要な手掛かりを・・・ 「これがその証拠の品です。」 それはキルバーンの爆発に巻き込まれるまえにダイが履いていたズボンであった。 「たしかに所々荒んでおりますが判別ができる、普通ならば黒の核にふれれば跡形もなく消滅するはず。 しかしこうしてあの日ダイ様が履いていた物がこうして我々の目に映っているという事はダイ様はどこかで生きているということです。」 ラーハルトの言葉に先程のポップ達のようにレオナ姫は感激した。 「それでダイ君がどこにいるのか分かったの?いま彼はどこにいるの?」 レオナ姫は国政の為感情を殺してまで国事に紛争していたがこの半年ダイのことが気掛かりでならなかったのだ。 「その事なのですが・・・」 メルルが話そうとした瞬間ヒュンケルが静止した。 「ここから先は俺が話します。ダイのズボンがあそこにありダイがいなかったことには確信に近い一つの答えがあるからです。」 ヒュンケルのやけに小さい声にレオナ姫は不安な気持ちを持ち始めた。 「あの日キルバーンは大陸ごと黒の核で俺達を消し飛ばし自分は魔界に帰ろうとしていた、 そしてダイとポップに阻まれキルバーンは倒れたわけですが、もしもあの時キルバーンの開けようとしていた穴が不完全ながら黒の核の爆発によって空いてしまったとしたら。」 「ちょっと待って、もしかしたらダイ君はその不完全に空いてしまった穴に入ってしまったの?」 カール王国のフローラ姫は少し信じられないといった表情だったがラーハルトの言葉が真実味を醸し出した。 「あの時ダイ様は遥か上空まで飛びあがり同じ上空にいたポップにもダイ様の姿を見ることはできなかった。 魔界と地上を繋げる穴はせいぜい成人男性が入れる程度、ですがその吸引力は巨大生物ですら呑み込むのです。」 「ということはあの時本当はダイ君の近くにその魔界に続く不完全な穴が開いていてそれを肉眼でとらえることは不可能であった、ということですか?」 さすがの勇者アバンも半信半疑であった。それ程この仮説は信じがたいものだった。しかしラーハルトの仮設は続く。 「何故この穴が不完全かというとダイ様の肉体しか魔界に運び込むことが出来なかったからです。 実際に魔界に通じる穴を使った人物がいるのです。」 ラーハルトの言葉にレオナ姫は問いただした。 「一体誰なのその人は?」 「それがよ、その穴を通ったのはバランなんだ。」 ポップの言葉にレオナ姫は驚いた。 「そう、ヴェルザーが黒の核を使いバラン様をおいつめましたが、結局ヴェルザーはバラン様に倒された。 しかし、ヴェルザーの黒の核の影響で黒い穴が空き、バラン様は穴に吸い込まれて地上に出てきたのです。 そしてバラン様はおぼろげながらも答えを導き出しました。」 ~結論~ 黒の核は開こうとしている次元の穴の近くで発動すると不完全に穴が開き、不完全に対象を呑み込む。(ダイのズボンが残ったのはその為) しかしヴェルザーの使った黒の核は何もないところから偶発的に完全な次元の穴を出現させ、対象をそのままの状態で送り込む。 「これでバランが地上に戻ってきたみたいなの。私自身まだ半信半疑だけどこの二人が言ってることは事実だと思うわ。」 マァムは情報源がヒュンケルのせいかすぐに話を信用した。 その時のポップの心情はなにか遣る瀬無い気持ちであった。 「しかし、もしそうならダイ様は既に殺されていてもおかしくはない。会えなくなる可能性もあるということです。」 ラーハルトの言葉に城内の空気は重くなっていた。
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キャラ解説 25スレ7688時 キャラ解説 25スレ7688時 ルイズステータス ,. -‐===- 、 ,. -‐' `ヽ‐- 、 / \ / / \. / / / / i ヽ \. / / "''/‐- _ノ ,′ ', ヽ\ ,' / ハ丿 `ヽ∧ ヽ \`ニ=-. | i {≦三ミハxノ' ' , | ! ', ', / ! l l f圦_,ィ`ヾ / 丿-‐廾‐-、丶 トヽ / | | 匕 リ ノ'´ z≠ミx j丿 i ノ / ', |  ̄ 心イ 从 厶イ,′ | ', 弋 リ 厶 i r‐ ,__', ∧ `ー 、 ′ ,'゙ | /////∧ ハ ヽ ` 人 | //////// | ',\ イ ト //////////| ト-、ト r、 ´ | ', \////////////| 八/⌒ヽ !个‐-、 | 八 ヽ//////////// ///\☆`|///// ', i/////////// i/////\ |/////∧ `ヽ ,'////////// |///////爪/////∧ 丶 Lv4 HP:855 TP:905 攻撃 491 特攻 561 防御 544 特防 578 素早 480 命中 494 回避 554 CR 545
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ルイズとワルドの二人は、朽ちた村の小屋で一晩を過ごした。 翌日、昼頃に目を覚ますと、ルイズがどこからか取ってきた野ウサギを解体していた。 ルイズの細腕がウサギの毛と皮をむしり取る姿は、どこか年期のいったものに見えるほどだった。 あらかじめ血抜きをしておいたのか、それとも血を吸ったのか、ウサギの肉は思ったよりもあっさりとした味だった。 ワルドはルイズに『手慣れているね』と軽い気持ちで言おうとしたが、今の自分がどんな立場なのか思い出して、結局何も言わずにいた。 料理などしたこともない公爵令嬢が、吸血鬼となって家名を捨て、傭兵に混じり生きてきたのだ。 太陽の下を歩く吸血鬼!ディティクト・マジックですら吸血鬼と人間は判別できないのに、太陽の下を歩けるとなれば、いよいよその区別はつけれられなくなる。 昨日、ルイズが自分の身に起こった出来事を語ってくれたが、それが本当ならばルイズは家名を捨てる必要など無かったはずだ。 しかしルイズは家名を捨てる道を選んだ、そこにどんな思惑があったのか、そこにどんな葛藤があったのかワルドには解らない。 だが、少なくとも自分よりも先を見ている気がするのだ。 聖地、聖地、聖地、いつか聖地へとたどり着きたい、その願いがワルドをレコン・キスタへと走らせた。 そこに何があるのか解らない、けれども、何か納得できるかもしれない。 ワルドの考えはせいぜいそこまでだった。 ルイズは違う、自分の思うように生きている、自分で自分に制約を課して生きている。 小さな小さなルイズは、いつの間にか自分よりも大きな、揺るぎのない存在へと成長している気がした。 食事を終えた後、ルイズは小屋の裏手で、地面を掘った。 驚異的な腕力で指を突き立て、重いタンスをひっくり返すように地面を持ち上げる。 地面に突き刺した腕を中心にヒビが広がっていき、スコップを用いることなく地面に手頃な穴ができあがる。 そこにたき火の灰や、ウサギの骨などを埋め、この村に滞在した証拠を念入りに隠した。 ルイズが小屋に戻ると、ワルドの手を取った。 「あなたの足じゃ時間がかかり過ぎるわ、私が貴方を背負う、いいわね」 「拒否権は、無いのだろう?」 「ええ」 ワルドはルイズに手を引かれて立ち上がると、背を向けたルイズに寄りかかった。 吸血馬の骨が埋まっているので、ルイズの身長は普段より大きい、それでもワルドよりは小さいので、少々不格好な背負い姿になる。 ルイズが両手を後ろに回し、ワルドの尻を持ち上げると、ワルドはルイズの首に手を回した。 「首を絞めるつもりでつかまないと、落ちるわよ」 ルイズは一言呟いてから、ゆっくりと第一歩を踏み出した。 一歩、また一歩と、大地の感触を確かめるようにして足を進めていく。 最初歩くよりも遅かったが、次第に速度を増し、空に星が見える頃には馬以上の速度に到達していた。 ひゅん、と音を立てて、顔のすぐ側を木の枝が通り過ぎていく。 まるで風になったようだと、ワルドは思った。 一方、ルイズも自分の体が妙に走りやすくなっているのに気づいた、足の感触が今までと違うのだ。 以前よりも繊細に大地の感触が伝わってくる上に、地面を蹴る足の力が以前よりも上がっている気がする。 吸血馬が力を貸してくれているのだろうか?と思えるほどだった。 ルイズは気づいていなかったが、地面に残る足跡はU字をしており、馬蹄の跡にしか見えなかった。 ルイズは森の中を走り、時には街道を横切り、ワルドの元領地へと走っていった。 ラ・ヴァリエールの領地のどこに街道があるのか、どこに旅籠があるのか、どこに集落があるのか、ルイズはすべて記憶している。 人に見つからない、それでいて最短のルートを想像し、ルイズは走った。 不意に、トリステイン魔法学院に入学する時のことを思い出す、ラ・ヴァリエール邸を馬車で出発したルイズは、丸一日近い時間をかけて魔法学院にたどり着いた。 それが今はどうだ、ラ・ロシェールから離れた名もない村から走り出し、そこから夜が明けぬうちにワルドの領地に差し掛かっている。 自分はいったいどれぐらいの速度で走っていたのだろう? 少なくとも、馬が全力で走るのと同じだけの速度はあるはずだ、しかし物足りない。 吸血馬は圧倒的なパワーを持っていたが、驚異的な速さで走ることはできなかった。 しかし全力を丸一日以上出し続けられる体力があり、結果として吸血馬は馬よりもグリフォンよりも早く地上を駆けることができた。 吸血馬の姿を思い出すと、手首と足首に埋め込んだ骨がうずく。 肉腫を脳に埋め込み、吸血馬を操り、挙げ句の果てに骨になってもまだ利用する自分が、とても浅ましい存在に思えた。 それなのに、これからワルドの母を食屍鬼として蘇らせようとしている。 ただ蘇らせるのではない、ワルドを操るために蘇らせるのだ。 木々の隙間から見られる空が、白みがかったと思われる頃、背負われていたワルドが声を上げた。 「止めてくれ」 ルイズは無言のまま速度を落とし、50メイルほど足踏みをしてから止まった。 「…ふう」 ため息をつきつつ、ルイズはワルドを降ろし、地面に膝をついた。 「けっこう疲れるわね。あの子みたいにはいかないか……」 吸血馬の体力を思い出しつつ、自分の体を見た。 夜目の利く目で自分の足を見ると、細い足に筋肉の筋が浮かんでいるのが解った、それは屈強なドラゴンの足を思わせるほどの堅さと、グリフォンの翼のようなしなやかさを兼ねていた。 筋肉の緊張を解くと、浮き出た筋は溶けるように消えていき、柔らかい少女の足へと変わっていった。 「さっき横切った街道から見て…西側に館があるはずなんだ。今はもう封鎖されているか、人の手に渡っているかもしれない」 そう言ってワルドが空を指さす、月と星の位置から西がどちらかを割り出したのだ。 「……私もそのあたりのことは聞いてないわね。お母様の遺骸はどこにあるの?」 「墓地は離れた場所にある、西に丘があるんだ、母はそこに眠っている」 ルイズは再度身をかがめようとする、ワルドを背負うためだ。 だが、ワルドはそれを断った。 「歩かせてくれ、ここを、歩きたい」 「…いいわよ」 ルイズは立ち上がると、ワルドの手をって歩き出した。 ワルドは足にまだ違和感が残っているためか、ひょこひょこと足を引きずるように歩いた。 ぽつりと、ルイズの頬に冷たいものが落ちた。 見上げると白みがかった空には、黒い雲が浮かんでおり、この時期には珍しい雨が降り出そうとしていた。 「好都合ね」 ルイズはそう呟くと、ワルドと二人で歩いていった。 二人が墓地に着いた頃には、空は黒い雲に覆われていた。 ザァザァという雨の音が、二人の足音と臭いを消している。 薄暗い墓地を歩く二人の姿はとても異様だった、半裸の少女と、ボロボロの魔法衛士隊が並んで歩いているのだから、人が見たら何事かと思うだろう。 小高い丘に作られた墓地の、一番高いところに、白い塀と茨のツタで囲まれた一角があった、扉には紋章が刻まれており、それを見ればここがワルドゆかりの地であると解る。 高さ2メイルほどの塀に囲まれたそれは、貴族の墓地としては小さい方だが、名前の刻まれた石の並ぶだけの石と比べて、遙かにその規模は大きい。 平民の墓地は石が並ぶだけだが、ワルドの両親の眠る墓は、魔法学院でルイズが暮らしていた部屋よりもはるかに大きい。 平民の墓地と比べ、明らかな雲泥の差、死後も彼らとは立場が違うのだ。 ルイズが目をこらして周囲を見回す、周囲に人の姿は見られない。 仮に鳥やモグラなどの使い魔がいたとしても、ルイズの目はそれを容易に捕らえる、誰にも見られていないと判断して、ルイズはワルドの腰に手を回した。 ルイズはワルドを軽々と持ち上げ、槍状の棘が並ぶ塀へと飛び上がった。 太さ1サント、長さ15サントほどの棘がルイズの足に突き刺さる、だがルイズはこともなげに足を持ち上げ、塀の内側へと跳躍した。 着地の瞬間、膝を折り曲げて衝撃を逃がしたので、石畳はひび割れることなくワルドとルイズの重量を受け止めた。 ワルドを降ろしてから、墓地の入り口を見る。 鋼鉄の扉から続く石畳が、墓地の中央から奥の廟へいざなう、両脇には薔薇が植えられていたが、誰にも手入れされていないせいか、乱雑に枝が伸び、一部は塀の裂け目から外へと飛び出ているようだ。 奥の廟はトリステインでは珍しい形式で、遺体を安置する館と言えるだろう、観音開きの扉は大人二人が並んで入れるほどの大きさがあり、中は魔法学院の寮と同じぐらいの広さがあるだろうと容易に想像できた。 「杖が無いな」 ワルドの呟きを聞き、ルイズは何のことかと首をかしげた。 「いや、”アンロック”だよ」 「アンロック?そんな時間無いわ、力づくで開けるわよ」 廟の扉には鍵がかかっているのだろう、ワルドはそれを心配していたのだ。 ルイズはずかずかと廟の扉に手をかけると、鍵がかかっているかを確かめるために、軽く取っ手を引っ張った。 ギィ、と音を立てて扉が開く。 「……改めて見ると、すごい力だな」 感心したようなワルドの呟きに、ルイズはふと疑問を感じた。 扉を開いたとき、まったく抵抗を感じなかったのだ。 「ワルド、鍵は壊れてないわ…何の抵抗も感じなかったもの」 「なに?」 ワルドが扉の裏側をのぞき込むと、確かに鍵にはなんの損傷も見られなかった。 「この扉を最後に閉じたのはいつ?そのとき、ロックはかけた?」 「父が戦死して、母が死んで……埋葬した後には誰もここには来ていないはずだ」 「平民の盗賊だったら鍵なんて壊すでしょうね、でも見て…なんの傷跡もない、アンロックで開けられた扉よ、これは」 ワルドはルイズを押しのけるようにして廟の中に入っていく。 廟の内側には、壁に歴代当主の名前が刻まれていた、よく見ると遺品なども飾られている 。 その中央に、ひときわ高い大理石の棚がもうけられ、上には漆黒の棺桶…ではなく、炭のようなものが置かれていた。 それを見たワルドの目が、大きく見開かれた。 「そんな!…そんな…馬鹿な…馬鹿なッ! そんな!誰が、誰がこんな!こんな事を!」 炭を手に取り、ワルドが叫ぶ。 手の隙間から風化した炭がボロボロと崩れ落ちていく、それをかき集めるように、ワルドは炭に手を入れた。 「ワルド!落ち着いて。説明してよ、どういう事なの?」 ルイズがワルドの左腕をつかむ、狼狽えていたワルドの体が、ルイズの腕力で静止した。 ルイズの握力に顔をしかめつつ、ワルドは興奮を押さえようと、右手で自分の胸を押さえ、呼吸を整えた。 「僕は、母の遺骸をここに安置した、白い棺桶の中に眠る母に、花を沢山添えて、固定化の魔法までかけたんだ」 ワルドの声に、焦りから怒りが見え始める。 「遺骸がミイラ化することはあっても、誰かが手を加えなければ、こんな、こんな炭になるはずはない、そうだろう。そうだろう!?」 ワルドは怒りと怯えの混じる目でルイズを見た、ルイズはワルドの腕から手を離すと、ワルドを押しのけ、炭の中から頭蓋骨を探した。 「ワルド…ねえ、おばさまを生き返らせる前に、言っておきたいことがあるの。よく聞いて…」 「生き返るのか?骨でも?」 ルイズが無言で頷くと、ワルドはつばを飲み込み、ごくりと喉を鳴らした。 「もし、おばさまが吸血鬼の本能に負けたら、手当たり次第に食屍鬼を増やす化け物になるわ。吸血鬼の本能に勝てる自信はある?」 少しの沈黙の後、ワルドは「母は誰よりも誇り高い人だ」とだけ言った。 「もし、本人に生きる意志が無ければ、すぐに体が崩れていくわ。二~三言の会話しかできないと思う……」 「かまわない、やってくれ」 ルイズは頭蓋骨を棚の上に置き、その上に左手を掲げ、右手の爪で左腕を切り裂いた。 ぽたっ、ぽたっ、と音を立てて、ワルドの母の頭蓋骨に血が落ちる。 およそ一分間、ルイズは頭蓋骨に血を垂らしていった。 ガタッ、と音がして、頭蓋骨が独りでに揺れる。 ボコボコボコボコと音を立て、まるで泡立つように頭蓋骨の中から血がしみ出し、しばらくすると頭蓋骨の焦げ跡は消えてしまった。 更に血を垂らし続けると、今度は頭蓋骨の表面に少しずつ皮のようなものが浮き出て来る、そこでルイズは血を止め、再生されていく頭蓋骨をじっと見つめた。 (私は今、ワルドを騙そうとしている) ルイズは、ワルドの母を生かすつもりは無かった。 なぜこんな依頼を引き受けたのか、なぜ食屍鬼を作る気になったのか、はっきりとした理由が思いつかないのだ。 あえて理由を見つけるとしたら、二つのものが思い浮かぶ。 一つは、ワルドの母がなぜ自殺したのか、その理由を知りたいと思ってのこと。 もう一つは、母への依存心が気に入らないという理由だ。 もしかしたら、ルイズはワルドの母に嫉妬してしまったのかもしれない。 今のワルドは、まるで母に呪縛されているようではないか、それがルイズには気に入らない。 ワルドは自分だ、ワルドはルイズと同じように母に呪縛されている。 いつの頃からだろうか、ルイズは、母を恐れ、母を尊敬し、母のようなメイジになりたいと思っていた。 ゼロと呼ばれていた自分が虚無の使い手だった!それを母に言ってやりたい、姉たちも父も私を見返してくれる! でも、それはもう、できない。 自分の代わりに、ワルドを使って、母との決別をさせようとしているのかもしれない。 私は、いつからこんな考えをするようになってしまったんだろう…… びくん、びくんと動く頭蓋骨は、いつの間にか髪の毛が生え、眼球ができあがり、口をぱくぱくと動かしていた。 「ウ……」 生首がうめき声を上げ、目を開けた。 「オ……オオォォォォー……ジャン……わたしの…ジャン……」 「あ、あああ!!母さん!」 「ワタシノオオオオオオ ジャンンンンンンン!」 くわっ、と生首の口が開かれ、牙となった犬歯をむき出しにした、次の瞬間髪の毛がバネのように動き、生首が宙を舞った。 「!!」 ルイズは咄嗟に手を出し、生首の動きを遮った。 しかし、ずぶりと牙がルイズの手首にかみつき、そのままゴキゴキと音を立ててルイズの骨を砕き始めたのだ。 「くっ…」 ルイズは髪の毛を伸ばし、生首の顎を掴んで無理矢理開かせ、腕から引きはがした。 同時に一部の髪の毛を後頭部から脳髄へと差し込んでいく。 「乾ク…乾クノオオオォォォォ」 「か、かあさん!僕の血を、僕の血を使ってくれ!ルイズ、母は苦しんで居るんだ、血を…」 「駄目よ!これを乗り越えられなければ、理性のない吸血鬼になるわ!母親を信じなさい!」 ルイズは、驚くほど自然に嘘をついた。 乗り越えられるはずがないのだ、五体満足で吸血鬼になったルイズと違い、食屍鬼となったワルドの母が理性を保てるはずがない。 ただ、一つだけ理性を取り戻させる方法があった、それもルイズが作り出した理性のようなものであり、本人の人格とは遠いかも知れない。 ルイズは髪の毛を肉腫として脳内に仕込み、忠誠心を呼び起こす応用で、『乾き』を麻痺させようとしていた。 「ウウウオオオオオオアアアアアア」 「アアアア…オオオオ」 「………オ…ォ…」 次第に凶暴な顔つきは、穏やかな顔になって、ワルドの覚えている母の顔に近くなっていった。 ワルドと同じ灰色の髪の毛と、整った顔立ち、そして優しそうな眼。 ワルドの母は、美女と呼ぶに相応しい雰囲気を漂わせていた。 「母さん…」 「おお…ジャン…私の…ジャン…わたしは、わたしは…」 「かあさん、もうすぐ体も元通りになれるんだよ、母さん」 ワルドは、ルイズに抱かれている生首の頬を、愛おしそうに撫でた。 ワルドの母は慈しむような眼差しを返したが、その表情はだんだんと曇っていった。 「かあさん、どうしたんだい?なぜ泣いているのさ」 「ああ…なぜ、なぜわたしは生きているの、辱めを受けた私をそのまま死なせてくれなかったの」 「…え」 「リッシュモンが…ああ、にくい、あのおとこが、あのおとこが、あのひとをヲヲヲオオオオオオ」 ガタガタと生首が震え出し、表情がまた険しくなっていく。 ルイズの埋め込んだ髪の毛でも、ワルドの母を制御することはできなかった。 ルイズは少しずつワルドの母から血を吸い取っていく、みるみるうちに顔にはしわが刻まれ、目は落ちくぼんでいった。 「か、母さん!どういうことなんだ、リッシュモンが、どうしたって言うんだ!教えてくれ母さん!」 「アアアァ……アノヒトハ…戦死ジャナイ……リッシュモンニ…殺サレ……私ヲ手ニイレルタメニ……ゴメンナサイ アナ タ」 ボロボロと崩れ落ちる頭蓋骨、その粉をワルドは必死で拾い集めた。 ルイズはただ、呆然と、腕の中で崩れていくワルドの母の姿を見ていた。 「ああああ…母さん…母さん…」 もう涙も出ないのだろうか、ワルドは地面に落ちた母の骨…の粉を握りしめていた。 「……」 ルイズも、ワルドと同じように、どうしていいのか解らなかった。 髪の毛で作り出した肉腫は、生物の脳から感情を引き出したり、押さえることが出来るはずだった。 しかし今回は、リッシュモンへの恨みと、死にたいという感情がルイズのコントロールを上回り、落ち着かせる事ができなかった。 そして、アンリエッタの信頼厚いリッシュモンの悪行。 アノヒト、というのはワルドの父のことだろう、戦死したと聞いている。 そしてワルドの母も、リッシュモンにいいようにされていたのだとすれば、なぜ死体が焼かれていたのか、その理由が想像できる気がした。 「…レコン・キスタ」 「………何?」 ルイズの呟きを聞き、ワルドが顔を上げた。 「アンドバリの指輪は、水の先住魔法が込められた指輪、それこそ死者をも蘇生する力を持つわ。でも遺骸が無ければ蘇らせることも出来ない」 「どういうことだ」 「あなたの母は、あなたに知られては困る情報を持っていた。だから死後念入りに焼かれた…もっとも、頭蓋骨は半分形をとどめていたけれど…」 「じゃあ、まさか、僕は、リッシュモンは」 「十中八九、レコン・キスタと繋がっているでしょうね。貴方はまんまとハメられたのよ」 ゆらりと、ワルドが立ち上がった。 「はは…そうか、そうか」 おぼつかない足取りで、ワルドは廟の外へ出ていく。 一歩、また一歩と、歩いていった。 出遅れたルイズが廟の扉を閉め、急いでワルドの隣に並ぶ。 「いっそ、殺してくれ」 「だめよ」 「生き恥を晒したくない、母と一緒に、僕を葬ってくれ……いや、レコン・キスタに関する情報を根こそぎ喋ってから、拷問されて殺されてもいい」 「それも駄目よ」 「なぜだい?ルイズ、僕を哀れんでいるのか」 「違うわ、違う。拷問よりも、死ぬよりも、先にやることがあるでしょう?」 「…やること、とは」 「一緒にリッシュモンを殺しましょう?」 ルイズの犬歯がきらめき、吸血鬼独特の牙に変化した。 それを見たワルドは、明らかに恐怖とは違う何かが、背筋に走るのを感じた。 ルイズの手を取り、その指にキスをする。 遠くどこかの世界、画集に収録されたモナリザの手を見て、勃起した男がいた。 ワルドもそれに似ていたのかもしれない、欲しいものを見つけたのだ。 空虚なワルドの心に、ルイズの狂気に満ちた笑みが入り込んだ。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
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